新に脚光を浴びるアフリカ

                                           (常時更新:2017年12月更新


内容
 1. アフリカの抱える業病、 エイズの蔓延、 汚職、犯罪の増大
 2. 中国の大規模な経済進出で基盤構造整備が進み、変貌するアフリカ 54ケ国の現状






1.アフリカの抱える業病

10年前 全世界のエイズ感染者4000万人の内、サハラ砂漠以南のアフリカの住民、2810万人が感染(70%)といわれていたが、アフガン、イラク問題に世界の耳目が集められている間、アフリカにおけるエイズの蔓延は広がる一方で猛威をふるい、いまやエイズで親を失った孤児の数は1400万人にも達している。真の救済を求めているのは、いわれない差別を受け、虐待の危険に晒され、食べ物も手に入らない「エイズ孤児」たちなのである。


             

            
今守らなければ失われてしまう命、閉ざされる未来・・・

            
               

         


 この論説は平成6年11月、境港ライオンズクラブの会報200号記念に掲載した「アフリカ特集」の基本原稿を修正、追加して編集し直したものである。丁度、そに時期にライオンズクラブ国際協会、全世界約150万人の会員が一丸となって「サイト、ファースト」(視力第一)運動を展開中で、筆者は境港ライオンズクラブのサイト・ファースト(視力第一)特別事業委員長に指名され、アフリカのツエツエ病および河の盲目病(後出)で苦しむ多数の子供達を救済するための資金(献金)獲得に努力していた。全日本、約3.00ライオンズクラブ(会員数、約15万人)で50億円の浄財資金を獲得した。この運動は現在も続いている。



      


 以降、10数年年が経過し、この間にライオンズクラブ国際財団から各種の援助(主として医療施設の建設、薬品の供与、医師団の派遣等)が行なわれ、また各種NGOや青年協力隊員の派遣が行なわれてきたが、対象数、1億5000万人にものぼる飢餓、疾病を救済して正常状態に戻すにはなお道は遠い。さらに地勢的に緑地の後退と砂漠化は急ピッチで進行中であり、その抜本的対策は殆ど実施されてない。
 
 アフリカの抱える問題は10年前とほぼ同じであり、部族間の抗争による虐殺、斬殺の根は絶たれてはいない。さらに流出難民および国内難民も増へこそすれ減少してないのが実情である。さらに悪いことには、1990年台の半ばからエイズの感染者の数が爆発的に増大し、全世界の感染者の70%を占めるまでに蔓延したことである。これも飢餓および極端な栄養不良と無縁ではない。 

 さらに、世界の成人一日当たりの平均カロリー摂取量よりも500キロ・カロリーも少ない国がサハラ砂漠以南のアフリカに集中している。ここ数年間、南部アフリカでは干ばつ被害が広がり、アフリカの支援は緊急かつ重要な課題である。

 アフリカは30年後も2%の高い人口増加率を維持すると見られ、その人口の動態が将来の地球全体の食料安全保障のカギを握ることになろう。
 
 今、世界の目は荒廃したアフガニスタンの復興、救済に各国の努力が向けられ、アフリカ問題は二の次にされた状況にあるが、救助を必要とする膨大な人口とそれが抱える問題の多様性と深刻さはアフガニスタンに決して劣るものではないここに改めて問題を提起する次第である。

 アフリカの支援は2002年の6月のカナダのカナナスキス・サミットや8月末からの南ア・環境開発サミットでも主要議題の一つになろう。
 
                       アフリカの孤児たち 

         


              



 アフリカとは
     アフリケ(ギリシャ語の「寒さ不在」)→
                               → アフリカ
     アプリカ(ラテン語の「陽光ゆたか」)→   


アフリカの地勢状の特徴は、その巨大さおよび海岸線の単調さにある。
 全人口:約5億3千万人
 全面積:2998平方万キロ(地球の1/20を占める)
 言語数:約700
 宗教: 北部はイスラム教スンナ派、中部は部族的宗教、南部はキリスト教プロテステント
 
 このアフリカ大陸の1/4が内戦、飢饉、風土病による飢餓や業病の地獄に苦しんでいる。

1.総括

 アフリカとは、アフリケ(ギリシャ語の「寒さ不在」アプリカ(ラテン語の「陽光ゆたか」に由来する。

 今、なぜアフリカなのか、それは、国際社会の一員として共通の認識を得るためであり、既に時宜を逸してはいるが、無知の罪を犯すよりは救われる。   アフリカはその内臓する動乱性のため、しそてそのスケールの巨大さのため
、全世界の経済をも根底から揺るがすことになる。だから、本腰を入れて救援しなければならない。アフリカを放置したまま、世界は安定の中に生きることはできない(1986年、国連のアフリカ危機支援宣言)。 この問題を放置するならば、我々の子供達は死の脅威をまぬかれない。(ウイリイ・プラント)

 アフリカ問題など縁のない遠いところの赤の他人の物語と思っているなら、それは「日本は地球全体の問題に対してアウトサイダーである」ことを自認したことになる。


1950年代(第2次世界大戦後)、アフリカは希望の大地、未来の富の地であった。東スーダンの地は緑豊かな沃土であった。 それが今や:

        

 文化活動においても、サンゴール(セナガル)は1960年代のノーベル文学賞候補に最後まで残った。その後、ジョニカ(ソンガイ)およびナギーブ(エジプト)がノーベル文学賞を受賞している。

 「私はネグロ、ネグロというこの名を私は誇りとする。私の血管の中に流れる黒い血を私は尊いものとみる」(ドユ・ホア)。これがネグリチュード運動(劣等感からの脱出、人間としてのネグロの尊厳に信を持て)の発端となった。

 アフリカ53ケ国は国連の投票権の三分の一を占め、今後の全世界の重要な生命線の一本をなす。そして潜在的な可能性と潜在的な富みを抱えているアフリカを明日の大陸なのである。


2.アフリカの三大苦

 1)全土にわたる風土病、ごう病

 赤道を中心に南北15°の幅で東西を横切るベルト地帯はツエツエ病(睡眠病)および河の盲目病(失明度100%)のごう病が蔓延している。これはツエツエ蝿が媒介するもので、人間には「眠り病」、うしに対してはウシ「ナガナ病」を引き起こす。具体的には、ムーの大群が移動する時、タンザニアからケニヤの大草原にツエツエ蝿を運んでくる。ツエツエ蝿は鋭い口ばしで牛や人間の血を吸う。その際に、寄生原虫の「トリパノソーマ」を媒介する。

 このツエツエ病以外の蔓延している風土病その他には次のものがある。

  ・ 昆虫による感染病:マラリア、黄熱病、フィラリア症、パンクロフト糸状虫症およびオンコセルカ症。

  ・. 皮膚からの感染病:住血吸虫病、破傷風、狂犬病

  ・.飲食物からの感染:腸チブス、赤痢、細菌性食中毒

  ・.エイズ(後天性免疫不全症候群)1990年代後半から爆発的に蔓延しはじめ、2003年末のアフリカの「エイズ患者」は2500万人に達した。この数は世界のエイズ患者の三分の二を占め、2003年    の一年間に300万人が新たに感染し、」220万人が死亡した。患者数の国別の数は、1.南アフリカ共和国共和国、530万人、 2.ナイジェイヤ、360万人、 3.ジンバブエ。180万人、 4.タンザニア、      160万人、 5.エチオピア、150万人、 6.モザンビーク、130万人、 7.ケニア、120万人、 8.コンゴ(旧ザイール)、110万人、、 9.ザンビア、92万人、 10..マラウイ、90万人7で、サハラ以南のアフリカ    に集中している。その結果、両親を亡くしたエイズ孤児の数が 爆発的の増大し、その悲惨な状況は目を覆う程である。両親か片親をエイズで失った15歳未満の孤児は世界全体で1344万人に達    し、その八割、1103万人が」アフリカに集中している(2002年の記録)。

  ・.その他、 さそり、蝮、毒蛇、乳児を襲うハイエナ等々、特に、飢餓や過労で体力を消耗した難民は下痢でさえも衰弱から結核の土壌になる。

 アフリカでは人は癌など心配する年齢までも人は生きない。5歳まで永らえることが一大事なのだ。かりに生き延びて成人しても、脳の前葉部が十分に発達せず.体力、思考力および集中力が不足し、50歳まで生きる者は少ない。

                           


 2)部族抗争、内戦、クーデーター

  内戦→処刑→虐殺→追放→難民(飢餓、疾病)
  内戦の歴史の例:
   ・スーダン:南北の内戦は150年の歴史を持つ(イスラム教とキリスト教)。
   ・ブルジン;部族の対立、人種間の相克、大虐殺。
   ・ウガンダ:いつ、どうころぶか分らない。
   ・ケニヤ、セレガル:経済優等生の国の大量失業。
   ・アンゴラおよびモザンビークの内戦は南アの支援のもとに破壊活動を続けるRZNAMO(武装賊と呼ばれる)による。 
   ・ルワンダ:大量のフツ族がツチ族の報復を恐れてザイール国境に逃れて難民になった(約280万人)。
   
   いまだに枠に縛られ、肌に焼印を押されて働く奴隷。
 

 3)緑地の後退と砂漠化の進行 飢饉、貧困、犯罪  

  緑地の後退と砂漠化の進行は一年に7kmの速度で、ほぼ全土で進行中。
  50年前、北スーダンは広大無辺の緑地であった。
  20年前、密林が疎林になり、ライオンやキリンの姿が消えた。
  現在はのっぺらぼうの朱褐色のチョコレート色のセラミックの裸の大地、カチカチの大地に変化した。
  現在、。東スーダンで「緑一本」の植樹運動が展開中(アカシアやセネガリスの木)。

 
                   




                             難民キャンプ

                           

                      





 2. アフリカに眠る資源と交換に、中国の大規模な経済進出で基盤構造整備が進み、変貌するアフリカの現状



 中国は頻々に首脳外交を推し進め、アフリカ諸国の指導者、権力者と互助利益関係」(ウイン・ウイン)を結び、固有の理念に基づき、無利子借款とセットにした開発計画および直接投資等により石油、ウラン、鉄鉱石、レアアース類の採掘権、および原始林の伐採権と交換に、中国企業による大規模な各種インフラ整備を進め、アフリカの未来への戸を開いた
 為政者の独裁や人権無視など考慮しない中国の市場一辺倒主義は、その目的および手段は別として、日本を含む西欧諸国が50年以上にわたって行って来た人道支援(緊急援助)、チャリテイ援助および支援国の方策に基づく二国間および多国間援助ではなし遂げることもできなかったアフリカの開発、発展に大きな成果を果たしている。
 
 アフリカに進出した(中国企業は2008年現在で約1.000社に達し、年々その数は増加している。
そしてその投資は、2010年現在で、コンゴとザンビアでの銅とコバルト、南アフリカでの鉄鉱石とプラチナ,ガボン、カメルーン、コンゴでの木材に指向され、それら投資により獲得した資産はザンビアの鉱山、レソトの繊維工場、ウガンダの鉄道を取得、さらにアフリカ全土の諸国の首都における小売店の開設を含む。さらに最大の投資は石油資源に向けられ、ナイジェリアでは石油利権の45%を獲得し、スーダンでは900マイルにおよぶパイプラインを建設した。アンゴラは今やアフリカ最大の中国向けの石油供給国となった。中国はこのほか、さらに赤道ギニア、ガボン、コンゴの石油にも関心を持ち、その開発利権の取得調整を行っている。中国が欲しいものは、ケニヤのお茶、ウガンダのコーヒー、ボツワナの牛肉、」ザンビークのカシュナッツ、マリの綿花、ガボンの石油等であるが、中国はこれら資源のほか、2012年には、繊維産業、農産加工業、発電、通信事業、金融サービス事業など多方面への参入を行い、その投資意欲はとどまるところを知らない。

 このような中国のアフリカに対する大々的な進出、特に、どの国よりも広範囲で、しかも洗練されたビジネスライクなアプローチに対してアフリカ人はどう思っているのだろうか。
 一般のアフリカ人は中国が石油、金、銅などの地下資源を求めていることを十分に知ってはいるが、それらは平均的アフリカ人にとっては何の関係もないこととと感じている。有識者の一部を除き、このような中国に進出に対して否定よりも肯定が多数を占め、またアフリカに対するアメリカと中国の影響度についてのマリ、セネガル、コートジボアアールでの調査は、中国の方がアメリカよりも影響が大きいとの結果になっている(2011年)。


 しかし、アフリカはには依然として、飢餓、貧困、インフラの未整備、劣悪な生活環境、疾病、劣悪な経済状況、不安定な政治、暴動、内紛、虐殺、難民問題が存在し、 近年はそれに加えて、援助金、石油の収入をめぐる権力者の腐敗、汚職の蔓延、犯罪の激増、貧富の格差の増大が蔓延し、それに対し、公平と民主化を求める若者を中心とする反政府活動が活発化し、北部アフリカで広まっている。 さらに、サハラ以南のアフリカにおける「エイズ患者」の増大と、その「エイズ孤児」の激増は緊急の対処を必要とし、迅速な対応が求められる。




アフリカ54国の状況

1.エジプト・アラブ共和国(旧宗主国、英)

首都:カイロ。 人口7,785万人(2007年人口調査、但し在外エジプト人は除く)。 面積:日本の26倍。 住民:主にアラブ人、その他にベドウイン(遊牧民)やベルンベ人、ヌビア人、アルメニア人、ローマ人、トルコ人、ギリシャ人などがいる。 言語:アラビア語。 宗教:イスラム教が90%(ほとんどがスンナ派)、憲法では国教に指定されている。 北は地中海、東は紅海に面する。雨が殆ど降らず、97パーセントが砂漠。 ピラミッドを始め多くの古代遺跡がある。イスラム原理主義が台頭(イスリム同胞団)。  主要産業(2005/2006年度):農業(GDPの14.6%)、鉱工業(同17.5%)、貿易・金融・保険(同18.4%)、石油(同12.9%)、運輸(同10.6%)(出所:エジプト通商産業省Monthly Economic Digest,Sept.2006)。

内政:
 (1)1981年に就任したムバラク大統領(1928年生)は、2005年9月の大統領選挙(6年に1度)で5選を果たした。内政は概ね安定している。2011年秋に大統領選が予定されている。 (2)2005年末に実施された人民議会選挙で、非合法のムスリム同胞団系の議員が同議会の約2割に当たる88議席を獲得したが、2010年11月に行われた人民議会選挙では大敗(1議席のみ獲得)、議会でのプレゼンスをほぼ喪失。一方、与党国民民主党は420議席を獲得し圧勝。 (3)2007年3月26日の国民投票(投票率27.1%:政府発表)で、憲法改正案が承認。 主な改正点は、宗教に基づく政党の禁止、反テロ法の制定、大統領選には人民議会に3%以上の議席を有する合法政党からのみ出馬可能など。  2011年に起こったチュニジアの政変に触発され、30年間の強権独裁を続けるムバラク大統領に対する不満を鬱積した民主化要求の2週間以上におよぶ反政府デモの結果、2011年2月1日、ムバラク大統領は終に辞任を宣言、次期政権の発足まで軍の最高協議会が暫定政権を掌握。憲法停止、議会解散を宣言。 5000年の歴史を持つエジプトにおける歴史的事件となった。独裁政権の続くヨルダン、イエメン、モロッコにも民主化の流れが波及する可能性がある。

「反政府20万人デモ 大統領  強権宣言譲らず 軍沈黙 対立深まる」(産経、11月29日) モルシー大統領が自らに絶大な権限を付与うる憲法宣言を発布したことに抗議する反モルシー派のデモ。

経済概況(1)4大外貨収入源(観光、運河通航料、石油輸出、出稼ぎ者による外貨送金)が貿易赤字を補填する経済構造。 (2)現ナズィーフ内閣は、投資環境整備による外国直接投資の誘致、国営企業の民営化などの経済改革を推進中。実質GDP成長率が4.7%と国際金融危機に端を発する世界的景気後退の中で比較的堅調。 しかし、高い失業率や貧富の格差が存在。 (3)対外的には、EUとの自由貿易協定(FTA)が2004年に発効。米国及びイスラエルとQIZ(資格産業区域制度)協定に署名(2004年)。

 2007年、中国は2億6000万ユーロ(約340億円)の援助を約し 中国と緊密な関係を結んでいる。インフラ、通信、建設、観光事業を始め、中国製自動車の現地生産を行っている。中国人の観光客が増大し大量に輸入し

          

      
     
          レポータ  幸子・エドウイン (筆者の長女)


2013年初頭のエジプト情勢
ムバラク打倒デモから2年、かすむ革命の成果、混迷するエジプト。 経済悪化、世俗派と政争続く。

政権を握るイスラム原理主義組織ムスリム同胞団出身のモルシー大統領に反発する世俗派勢力がデモを繰り返している。




2.大リビア・アラブ社会主義人民ジャマーヒリーヤ(直接民主制)国(伊)


 1951年にイタリアから独立、 首都:トリポリ、行政機関の一部はシルト(複都制)。 人口:約629万人(2006年、世銀)。 面積:日本の4.7倍。 カッザーフィ(カダフイ大佐と呼ばれる)事実上の国家元首、40年にわたり独裁を維持。  住民:アラブ人、ペルペル人。 言語:アラビア語 。宗教:イスラム教(スンニ派)。  主要産業: 石油関連産業。 産油国(埋蔵量アフリカ最大)、GDPはアフリカ最上位。 アフリカ各地からの難民を受け入れ、それらを傭兵に雇用。 テロの元締め。 カダフイ大佐は莫大な石油収入を背景にアフリカ諸国に各種の投資を行い、アフリカのリーダになろうとしていた。 中国のアフリカ外交を心良く思っていない。 生活は普通。    
経済概況
: 1992年以降、国連による経済制裁の影響により、原油収入の減少、投資の縮小、外貨事情の悪化がおこり経済成長は停滞していたが、2003年の国連制裁解除や大量破壊兵器計画廃棄等を契機に経済の開放を進め、建て直しを図った。 以来、欧州やアジア諸国からの企業進出も相次ぎ、石油価格の上昇と相まって経済情勢は好転している。また、石油だけに依存することがないよう、産業の多角化も推進している。

 2011年2月、一族支配への反発と豊な石油の収入が国民に還元されない不満が鬱積し、国境近くのベンガジで反政府デモが発生、同市を掌握、20-21日にかけて首都トリポリに波及。騒擾状態になった。 傭兵がデモに対して実弾を発射、死者60人以上という。 6ケ月の紛争、攻防戦の末、2011年8月下旬、反体制派が首都トリポリを制圧。、カダフイ大佐の生地、シルトで攻防戦、 カダフイ大佐は逃亡、所在不明、その家族は隣国アルジェリアに入国、滞在。

10月20日、カダフイ大佐、拘束、死亡 。出身地のシルト市陥落。独裁42年、国民評議会は「リビア全土開放」を宣言。30日以内に暫定政権発足か。 (ロイター報道)

対日貿易(貿易統計)、(イ)品目: 輸出、まぐろ等、輸入、自動車、電線、鋼管等。 (ロ)貿易額:輸出 2億円(2009年)、輸入 225億円(2009年)。

                   
   

   
    
  
                  
                  


3.チュニジア共和国(仏)
都:チュニス。 人口約1.043万人(2009年推定)。 面積:日本の42パーセント。 住民:アラブ人(98%)、その他(2%)。 宗教:イスラム教スンニ派(多数派)、キリスト教およびユダヤ教(少数派)。  主要産業:(1)サービス業(46%): 観光業、情報通信産業等、(2)製造業(16%): 繊維、機械部品、電機部品、食品加工等、(3)農業(11%): 小麦・大麦・柑橘類・オリーブ・なつめやし等。   経済概況:(1)2008年秋からの世界金融危機に対応するため、2010年5月、チュニジア政府は第11次経済社会開発5ヶ年計画(2007-2011年)を途中で総括した上で第12次経済社会開発5ヶ年計画(2010-2014年)に置換。但し、第12次計画は、2009年秋に実施された大統領選挙に当選したベン・アリ大統領(当時)の選挙公約を具体化する目的で作成されており、今後の第12次計画の継続性は不透明。(2)1987年からのベン・アリ政権下で、チュニジアは着実な経済発展を遂げ、ここ数年は、年率5%程度の安定した経済成長を継続した。一方で、30歳以下が人口の過半を占める人口構成等に起因して、雇用対策、特に若年高学歴層の雇用対策が大きな課題となっていた。ベン・アリ政権は、外国企業の誘致や観光による地域開発を進めていたが、2010年の失業率は13.3%と依然として高く、特に最終学歴が大卒以上の失業率は、20%を超えている。(3)2009年のチュニジア経済は、金融危機に伴うヨーロッパ実体経済悪化により、(1)経済成長の鈍化(2008年:4.5%→2009年:3.1%)、(4)1995年7月、EUとの間に自由貿易圏を設立する趣旨のパートナーシップ協定を締結し、2008年1月1日、工業製品に関する関税撤廃が導入された。また地中海地域アラブ諸国(モロッコ、エジプト、ヨルダン)との間でもFTA(The Arab Mediterranean Free Trade Agreement (通称:アガディール協定))を締結する等、経済の自由化を推進している。

チュニジアは紀元前9世紀頃、首都チェニ近郷に古代都市国家カルタゴが誕生、地中海貿易で栄えた。1956年3月にフランスから独立。複数政党で民主化。イスラム原理主義が台頭。。生活は普通以下。2002年4月、「終身大統領制度」復活。憲法改正の国民投票、支持率99%。これによりベンアリ大統領(65歳)が目指した事実上の終身大統領制度の復活が確定した。これ は同大統領が90年代以来強化してきた独裁の完成を意味し、欧米からの批判がさらに高まろう。この国は昔、古代ローマ帝国に戦いを挑み、海上貿易などで栄華を極め、多くの歴史を有する都市「カルタゴ」の遺跡がチュニス郊外にある。また今も残る「美しいアーチを描く水道橋」、荒涼とした砂漠、塩湖とオアシス、地中海沿岸のエルジェムには巨大なコロシアム(円形闘技場)跡、等々、さらには「地中海地方真珠」と呼ばれるスースがある。観光名所に欠かない。

2011年1月14日、民主化を求める民衆の大規模デモによりチュニジア政権崩壊、強権20年、ベンアリ大統領は出国。ガンヌーシ首相は暫定政権発足の準備に入る。 国外に脱出したベンニアリー大統領の後任としてまずモハメxド・vガンヌーシ首相が暫定大統領への就任を宣言、翌1月15日に憲法評議会は規定に基づき下院議長のフアド・メバザを暫定大統領に任命。この一連の事件はジャスミン革命と呼ばれる.。 中国と緊密な関係を結び、大量の武器、弾薬の取得している。 

在留邦人は186人(2010年11月現在)。) .   
 日本の援助
(2008年度までの累計)、(1)有償資金協力 2,193.83億円(交換公文ベース)、(2)無償資金協力 36.72億円(交換公文ベース)、(3)技術協力実績 206.70億円(JICA経費ベース)。

                




4.アルジェリア民主人民共和国(仏)

首都:アルジェ。 人口:3,437万人(2008年、世界銀行)(国土の7%内に集中)。 面積:日本の6.3倍、アフリカで二番目に大きい。北アフリカの大国。 住民:アラブ人(80%)、ベルベル人(19%)、その他(1%)。 言語:アアラビア語(国語、公用語)、ベルベル語(国語)、フランス語(国民の間で広く用いられている)。 宗教:イスラム教(スンニー派)。 主要産業: 石油・天然ガス関連産業、第二次産業。 地中海の重要な港である。国土は広大なサハラ砂漠から地中海にまで広がり、多くの天然資源に恵まれている。サハラ砂漠は次第に北に広がり、現在では国土全土の80%以上を占めるほどになっていいる。 
1962年にフランスから独立。現在、社会主義政策から経済の自由化を図る。現代アルジェリア人の殆どは北アフリカの先住民族であったベルベル人の子孫である。7世紀のアラブの侵入以来、アラブ人が入り込んできた。公用語はアラビア語。宗教はイスラム教が主体である。 1980年台の旱魃と土地の侵食は肥沃土地に大きな被害を与え、農業改革を後退させた原因になった。枯渇した森林の植林計画を推進。 西サハラをめぐる軍事費が嵩み、国民の生活は困窮。原理主義が王制をおびやかす。 

中国は1億1200万ユーロ(約800億円)の援助を行いと密接な関係を結んでいる。原油高による豊かな収入を背景に精油施設を始め巨大なインフラ整備をはかり、中国企業が国内を東西横断する高速道路建設の主要区間の工事を受注した。これは同国における史上最大の工事である。2009年現在、中国人の数は2万人以上におよんでいる。

1999年からブーテフリカ大統領が政権を握るアルジェリア民主人民共和国で、チュニジア共和国の政変に触発されたとみられる抗議行動やデモが広がっている。 サレハ大統領が強権支配を敷くイエメンでは学生による政権打倒のデモがあり、王政のヨルダンでも1月16日、リファイ首相の退陣を求めるデモ拡大。   

日本の援助
、(1)有償資金協力 148.50億円(2008年度までの累計、交換公文ベース)、(2)無償資金協力 12.96億円(2008年度までの累計、交換公文ベース)、(3)技術協力実績 63.78億円(2008年度までの累計、JICA経費実績ベース)。

            


アルジェリア人質事件
2013年1月16日、アルジェリア南東部のイナメナス付近で操業するプラント建設の大手企業「日揮」の天然ガス処理プラント(日揮社員17名とアルジェリア人の従業員600名が勤務)にイスラム過激派の武装勢力40人が侵入、17日、同施設警備のアルジェリア軍がテロ殲滅作戦を開始、19日、作戦終了、人質にとられた日本人社員曽8名が死亡した。

注:
「アラブの春」によりリビアのカダフイ政権が崩壊したが、その結果、行き場を失った多くの傭兵が多量の武器と共にリマに戻り、マリ国内で同種の活動を開始すると共に生活のためイスラム過激派の各種グループに流入している。今回の人質事件はそのその典型である。




5.モロッコ王国(仏)
首都:ラパト。人口約3.123万人。 面積・日本の1.2倍。住民:アラブ人、ペルペル人。 言語:アラビア語、フランス語。 宗教:イスラム教スンニ派がほとんど。 主要産業: 農業(麦類、ジャガイモ、トマト、オリーブ、柑橘類、メロン)、水産業(タコ、イカ、鰯)、鉱業(燐鉱石)、工業(繊維・皮革製品・食品加工)、観光業。日本の自動車メーカが現地生産を行っている 。モロッコは農業を基盤とし、工業化については漸進的に進めていくという基本政策を採っている。また、自由市場経済を採用している。 経済概況:(1)モロッコは農業を基盤とし、工業化については漸進的に進めていくという基本政策を採っている。また、自由市場経済を採用している。(2)経済のグローバル化に対処するため、民営化や新投資憲章の制定等を行い、投資環境の整備による民間部門への外国投資の受け入れ拡大を図るとともに、各種補助金の削減、税制政策による財政再建に取り組んでいる。最近では構造調整政策が功を奏し、着実な回復振りを示してきているとともに、各種投資優遇措置をとるなどして投資環境を整備しつつある。(3)1996年2月、EUとの間で、2010年迄に自由貿易圏を設立する趣旨のパートナーシップ協定を締結し(2000年3月発効)、2004年6月には米国との間で自由貿易協定(FTA)を締結した(2006年1月発効)。また、チュニジア、エジプト及びヨルダンとのFTAとなるアガディール協定(2007年4月発効)のほか、対トルコFTAを締結している(2006年1月発効)。(4)若年層を中心とした高失業率問題、社会層間・地域間の貧富格差、低い識字率等が社会問題となっているため、世銀の勧告を受け、高度成長による雇用の創出、社会層間・地域間の格差是正を基本理念とする、社会経済開発5カ年計画(2000-2004)を実施した。(5)2005年5月、モハメッド6世国王は、2005年から2010年を対象期間とした「人間開発に係る国家イニシアティブ(INDH)」を発表し、人間開発を中心に据えた貧困削減と社会・地域間格差是正のためのイニシアティブをとっている。(6)近年、様々な分野の経済開発戦略を発表し、積極的に国家開発を進めている。 モハメッド6世国王は、2001年に国内経済の中心に観光業を据え、2010年迄の訪モロッコ外国人観光客の1,000万人達成を目標に掲げた「Vision2010」(通称アジュール計画)を発表し、観光客数を順調に増加させているが、2010年迄の目標達成は困難であるため、目標年を2016年に変更し、引き続き目標達成に努めている。 2005年には、繊維等伝統セクターの伸張と自動車部品等の成長セクター開発を主眼においた振興計画(Plan Emergence)を策定。2008年には、自給自足率向上及び農産物輸出高増加を目標とする農業近代化計画(Plan Maroc Vert)、2009年2月には、雇用創出、工業分野のGDP増加、輸出増加等を目標とする産業振興のための国家プログラム(Plan National pour l’Emergence Industrielle)、同5月には、長期的な輸出総額増加を目標とする輸出促進計画(Maroc Export Plus)、同9月には、持続的漁業運営、品質等パフォーマンス向上、付加価値付与による競争力増強等を目標とするモロッコ漁業戦略、同10月には、官公庁への手続の電子化や、インターネットの普及を目指す国家情報技術開発計画(Maroc Numeric 2013)を発表した。 また、再生可能エネルギーの利用促進も目指しており、2009年11月には、太陽エネルギー利用による発電容量を2000MW(現在の総発電容量の38%に相当)、年間発電量を4500GW(現在の総発電量の18%に相当)まで増加し、2020年における発電容量のうち、再生可能エネルギーが占める割合を42%(うち太陽光14%、風力14%、水力14%)とすることを目指す太陽エネルギー発電統合プロジェクトを発表した。  

日本の援助
(2008年度までの累積)、(1)有償資金協力 2,228.48億円(E/Nベース)、(2)無償資金協力 326.19億円(E/Nベース)、(3)技術協力 307.87億円(JICA実績ベース)
  

             

                砂漠の町     国内最大のモスク ミナレット塔




6.モーリタニア・イスラム共和国(仏)
アフリカ西部にあり、大西洋に面する共和国。大きな国土を持つ国だが、国土の2/3は砂漠地帯で乾燥気候のもとにある。緑地地帯は、南部のセネガル川流域、内陸部にオアシスが点在する。 首都:ヌアクショット。人口:320万人。 面積:日本の2.7倍。 住民:モール人、アフリカ系。 言語:アラビア語(公用語)、フランス語、なお、実務言語としてフランス語が広く使われている。 国土の殆どがサハラ砂漠に覆われた国。国の北部に「ケディア・ディジル(鉄の山)」と呼ばれるズエラト鉱山があり、この先100年以上の採鉱可能といわれる。 鉄鉱石はこの国の全輸出額の80%を占め、日本にも輸出される。米国から多大の軍事支援を受けている(サハラ横断反テロ構想)。 主要産業: 農業(麦類、ジャガイモ、トマト、オリーブ、柑橘類、メロン)、水産業(タコ、イカ、鰯)、鉱業(燐鉱石)、工業(繊維・皮革製品・食品加工)、経済概況:沿岸漁業およ 牧畜を基盤とし、外貨収入は水産物(タコ及びイカ)及び鉄鉱石の輸出に依存。 日本は殊に、同国産の軟体動物(主にタコ、イカ)を輸入している。経済的に発展途上である同国であるが、近年、沿岸部に化石燃料の埋蔵が確認されており、将来的に同国経済に多大な恩恵を与えるであろうと予測されている。 さらに、ヌアクショット沖合で相当量の石油と天然ガスの埋蔵が確認され、2006年2月にシンゲッティ油田で石油生産開始。これにより、2006年の経済成長率は12%近くに達したものの、技術的問題により石油生産量は当初予想より落ち込んでおり、2007年の経済成長率は2%弱にとどまっている。 なお、2007年~2015年までの中・長期的な開発目標を掲げた貧困削減戦略文書(PRSP)を2000年12月に策定。   

 日本政府は平成14年度までの12億5千万円の水道設備の整備(無償援助)後の毎年、有償資金援助および技術援助を行っている。
 日本の援助実績(単位:億円)、(イ)有償資金協力 (2008年度まで、E/N(交換公文ベース))110.84(債務免除を除く)、(ロ)無償資金協力 (2008年度まで、E/Nベース)467.97、(ハ)技術協力 (2008年度まで、JICAベース)56.38。

                  




7. マリ共和国

首都:バマコ。 面積:日本の3.3倍。 人口:1,270万人(2008年、UNFPA)。 民族:バンバラ、プル、マリンケ、トゥアレグ等23以上。言語:フランス語(公用語)、バンバラ語等。 宗教:イスラム教80%、伝統的宗教、キリスト教。 .内政;2002年の大統領選挙で選出されたトゥーレ大統領は国民的な人気に支えられ安定した内政運営を行ってきた結果、2007年4月の大統領選挙で70%強の得票により再選を果たした。同年7月に実施された国民議会選挙においても、トゥーレ大統領を支持する連立政党が大勝し、同年10月にシディベ内閣が発足した。 主要産業: 農業(綿花、米、ミレット、ソルガム)、畜産、鉱業(金)。 経済概況:農業・鉱業を中心とした産業構造のため、天候や一次産品の国際価格の影響を受け、経済基盤は脆弱。2004年は降雨不足と砂漠バッタ被害により経済成長は落ち込んだが、2005年以降、好天候による穀物・綿花生産増、新たな鉱山開発による金生産量の増加により、経済成長は回復基調。特に、綿花については多数の農民が綿花に依存し、中国への輸出の増大を期待している。 中国の経済進出により多数の小売店が開かれ、安価な日用雑貨の小売店が増大している。中国は自国の国内需要の増大に対して綿花の取得を図っている。
綿花については、マリのほか、ナイジェリア、ペナン、トーゴ、ジンバブエの農村では綿花に依存する60万の農家があると言われる。    

日本の援助実績
(単位:億円):(1)有償資金協力(2007年度まで、E/N(交換公文)ベース)87.0。 対日貿易:(イ)貿易額(2008年)、対日輸出 2,166万円対日輸入 7億6,302万円、(ロ)主要品目、対日輸出 ゴム製手袋、打楽器等、対日輸入 精米、亜鉛のめっき鉄ロール等。

           

 
8
.セネガル共和国(仏)

 西アフリカ、アハラ砂漠西南端に位置する共和制国家。 西は大西洋に面する。首都ダカール。フランスと関係が深い 。首都ダカールはパリ・ダカール・ラリーの終着点として知られている。 人口:約1270万人。 国土面積は日本の約半分。 住民:ウロフ族、セレル族、フラニ族。言語:フランス語、ウオロフ語。 落花生依存経済を脱却中。デモや学生運動が激しい。  主要産業:農業の生産品目は落花生、綿花、米などであるが、、特に落花生の栽培はフランスが植民地時代に持ち込んで栽培を奨励したこともあり、1960年代に独立する頃には労働人口の87%が従事する規模となっていた。 漁業ハマグロ、タコ、イカ、かつお、えびが中心で、これらのほとんどは輸出される。 2002年のセネガルの総漁獲量は36万トンであり、このうち4万トンがニシン科の魚である。 鉱業(リン鉱石)と工業は、リン鉱石を原料にする化学工業にて相互関係を持ち、観光、サービス業が主要産業。 他の西アフリカ諸国と比べると工業も発達している。貿易赤字や累積対外債務に苦しむが、近年、国際通貨基金 (IMF) と世界銀行が8億ドルの対セネガル債権の免除を発表。 

経済概況: 経済は落花生栽培などの農業が中心で、一次産品価格の低迷などにより、財政赤字、国際収支赤字、対外債務問題が恒常化していた。このような状況の中で、1994年1月のCFAフラン切り下げ以降、政府が緊縮財政、構造調整、民営化などに努力した結果、経済は比較的安定成長を維持しており、インフラも押さえられていたが、近年の石油価格の高騰により、物価は上昇傾向にある。 また、セネガル政府は、2015年までに貧困を半減させることを目標に、2000年に中間「貧困削減戦略文書」(PRSP)を採択し、2002年には最終版PRSPを策定した。これは2006年に、2006年~2010年を対象とする第二次PRSPに改訂された。日本政府は平成15年以降、毎年、食料援助、教育および職業訓練などを主体にした有償資金協力、技術協力を行っている
中国人の進出で、多数の小売店が開かれ、安価の中国製雑貨製品があふれ、市民生活を活性化し、同時に、市民社会の構築が促進された。    

日本の援助実績
(単位:億円)(1)有償資金協力(2008年度まで、E/N(交換公文)ベース)155.20(債務免除除く)、(2)無償資金協力(2008年度まで、E/Nベース)953.91、(3)技術協力実績(2008年度まで、JICAベース)305.77。




9.ガンビア共和国(英)

周辺をと取り囲む隣国のセネガルとは関係が良く、かつて1982年から1989年までセネアンビア国家を形成していたが、方向性の不一致により解散した。 首都:バンジュル。 人口:170万人。面積:日本0.7倍(岐阜県の面積)。 住民:マンディンゴ族、ウォロフ族、ジョラ族、セラフリ族、ポルトガル人と黒人の混血。 言語:英語(公用語)、マンディンゴ語、ウォロフ語等。宗教:イスラム教(80%)、キリスト教(10%)、伝統的宗教(10%)。  主要産業:農業が主で落花生、米が主要生産品。サービス業(貿易・輸送・通信・観光)、近年観光業がさかんになり、英語が通じることもあってヨーロッパ諸国から気軽に行ける観光地となっている。   経済概況:一人当たりのGNI 400米ドル(2008年)のLLDC(後発開発途上国)。人口の約80%が農業に従事する一方、農業分野がGDPに占める割合は29%(2007年:EIU)。サービス業はGDPの57%(2007年:EIU)を占め、中でも観光業はガンビアの主要な外貨獲得源の一つである。  日本は1994年のクーデター発生を機に、緊急かつ人道的な援助を除き新規の援助を見合わせていたが、一連の民主化プロセスが進展したことに鑑み、1998年に政策協議を実施。以降、無償資金協力、技術協力を中心とした支援を行っている。  日本の援助実績(単位:億円)。(1)有償資金協力(2008年度まで、EN(支援公文)ベース)、0(2)無償資金協力(2008年度まで、EN(支援公文)ベース)128.17、(3)技術協力実績(2008年度まで、JICAベース) 26.63。


                
             
                       2011年11月


10.カーボペルデ共和国(英)
大西洋の北、アフリカの西沖合いのマカロネシアに位置し、バルラヴェント諸島とソダヴェント諸島からな大小15の島の島国の共和制国家。首都プライアのあるサンチアゴ島、フォゴ島、サル島、サントアンタン島、サンビセンテ島、ボアビスタ島などが主要な島です。それぞれの島はそれぞれに特徴があり、ビーチリゾートの島、カーボベルデ音楽が聞ける島、漁港の島、自然と火山とハイキングの島など特色がある。それぞれに共通なのは自然が豊かで、海が美しいということ。農業、漁業の国で主要産品は、マグロ、カニ、エビなどの海産物と、サトウキビ、バナナなどの農作物。  名のカーボペルデは、ポルトガル語で「緑の岬」を意味する。 セネガルのダカールの沖600kmに浮かぶカーボベルデは、1460年代には無人の群島だったこの国にポルトガルが奴隷貿易の基地を設けたときから歴史の舞台に登場し、後に大西洋航路の補給地及び植民地としてその支配下に置かれていたが、1975年に独立。 首都はブライヤ。 面積は滋賀県程度。 人口:506万人。  15世紀から1975年までポルトガル領であった。 独立に際してアフリカ大陸部のギニアビサウと統合する計画があったが、1980年のギニアビサウでのクーデターによって連合構想は破綻し、現在に至っている。 人口:51万人。面積:日本の1.1パーセント。住民:ポルトガル人と黒人の混血が70パーセント。 言語:ポルトガル語(公用語)、クレオール語。しかし実際、 住民のほとんどは混血化したクレオール人とアフリカ系のでクレオール語が広く話されています。文化も混血化しており、ちょうど同じポルトガルの植民地であったブラジルと似ていますが、本国との距離の違いからか、また少し違った独特なクレオール文化を持ち、特に音楽、料理などの面は秀逸。というのもポルトガルだけではなく、かつてはフランス、イタリア、イギリスなどヨーロッパの様々な国の船が出入りしていたためだといわれている。 。 宗教:キリスト教(カトリック)。 主要産業: 農業(バナナ、砂糖)、業(マグロ、ロブスター)、漁業と史跡観光の島国。   経済概況: 農業は不振。生活は普通以下。農業、漁業が主要産業で、資源が少ないため、経済建設を進めており、安定した政治と自由経済とが相まって、順調な経済成長が進んでいる。政府は、債務削減、成長産業への優遇税制導入、マクロ経済の安定、海外直接投資の呼び込み、社会サービスの向上などを主要の政策としている。かつては後発開発途上国に含まれていたが、経済成長によって2007年に指定を解除された。  日本の援助実績(単位:億円)。(1)有償資金協力(2009年度まで、E/N(交換公文)ベース)、(2)無償資金協力(2009年度まで、E/Nベース)、(3)技術協力実績(2009年度まで、JICAベース)。



11. ギニア共和国(仏)
首都:コナクリ。 人口:1070万人。面積;日本の66パーセント。 住民:フラニ族、マンディン族。 言語:フランス語。ポーキサイド、鉄鉱石の開発、有望な油田も発見。 生活は普通以下。 労働人口の80%が農業に従事する。独立時にはバナナ、パイナップル、コーヒー、ピーナッツ、パーム油が主要輸出物であった。 いまやボーキサイトに交代し、ダイアモンド、金などを含め、鉱業が主要産業。 ただし、コンテ政権末期から経済状況は悪化し、貧困層が増大している。汚職、政治的不安定、不透明予算システムから外国からの投資が遅れている。米国との間で投資保証合意がなされ、米国投資家には海外民間投資会社OPICにより政治リスクの保険がある。 2005年にマリとの間に道路が新設されたが、補修ができず流通が不十分である。電気と水の供給不足が頻繁で長引くため、高価な発電機とその燃料を使用せざるを得ない。 アルミニウムの原料となるポーキサイトの埋蔵量は実に全世界の3分の1を占めるほど豊富であり、盛んに採掘されギニアの経済を支えている。ボーキサイトの輸出額はオーストラアに次ぎ世界第2位。 2006年には、三菱商事も探査権を獲得し、調査に乗り出している ギニヤ湾の海底油田が有望な資源として注目を浴びている。 

中国はギニアに6億9000万ユーロ(約900億円)の援助を与え、鉱山の開発、採掘権を取得、2007年現在、約1万人の中国人労務者が働いている。 
  

日本の援助実績
(億円)、1)円借款(2009年度までの交換公文ベース) (2)無償資金協力(2009年度までの交換公文ベース) (3)技術協力実績(2009年度までのJICA経費実績ベース) 




12. リベリア共和国(仏) 米国から帰還した解放奴隷によりアフリカ初の共和国として独立した。
首都:モンロビア。 人口:360万人。 面積:日本の29パーセント。住民:クペレ族、バサ族、クル族。 言語:英語(公用語)、その他各部族語。  宗教:国民の90%が伝統宗教、その他にキリスト教とイスラム教。 主要産業: 鉱業(金、ダイヤモンド)、農林業(天然ゴム、木材)。 内戦が続く。経済はパンク。経済は劣悪。  リベリアにおいては、長期間にわたり内戦が続いてたが、紛争当事者間での包括的和平合意、武装・動員解除を経て、2005年には選挙により、アフリカ初の女性民選大統領が誕生した。就任以来、ジョンソン=サーリーフ大統領は、国際社会からの支援を得ながら、国家の再建と国民の生活向上に取り組んでいる。 強盗、暴行及び性犯罪の発生率はリベリア全土で高く、外国人が強盗の標的になっている。一方、リベリア警察をはじめとする治安関連のリベリア各当局はまだ構築段階にあり、治安維持能力には限界があり、特に首都モンロビア市以外の地域においては、国連リベリア・ミッション(UNMIL)や地元警察による対応が限られるため非常に危険である。   

日本の対リベリア直接投資
は、日本の民間船舶の便宜置籍が多い関係上、サハラ以南のアフリカ諸国の中でも上位に位置する。年度によってかなりの差はあるものの2006年の投資額は、約116億円。

                        




13. コートジボアール共和国(仏)
首都:ヤムスコロ。 人口:2.110万人。面積:日本の約90パーセント。 住民:セヌフォ族、バウレ族,グロ族,グン族,アチェ族,ベテ族,ゲレ族。 言語:フランス語、アカン語。  宗教:イスラム教30%,キリスト教10%,伝統宗教60%。 主要産業: 農業(コーヒー,ココア等)。コーヒーは世界第3位。 アフリカの優等生 。国民生活は普通。  経済状況:: 同国の基幹産業は農業で,農業に従事する人口は全体の80%を占め,GDPの約30%,輸出の大部分を占める。主要産品であるココア,コーヒー等の一次産品の国際価格の低迷,膨大な対外債務により,経済的危機に陥り,1987年5月にはパリ・クラブ,ロンドン・クラブに対して債務支払い停止を宣言。結果1989年9月よりIMF・世銀の下で構造調整計画を開始した。しかし,1999年初めには経済改善策が不十分としてIMFによる融資が停止された他,EUの援助約180億CFAフランに対する汚職が暴かれEUの援助が停止されたが,国内情勢の安定化に伴い2002年2月に再開。同年9月に発生した反政府派による武装蜂起により国が2分され,その後の和平プロセスの停滞の中で経済活動は大きな制約をうけていた。ワガドゥク合意成立を受け,2007年からIMF・世銀の融資が再開し,2009年3月には拡大重債務貧困国(HIPCs)イニシアティブの決定時点に到達した。パリクラブによる対外債務のリスケ・繰延も開始している。1993年より産油が開始し,近年,石油・石油製品輸出額は,コーヒー,ココアの輸出額と並び,主要貿易品目となっている。

日本は同国の独立と同時に同国を承認。以来友好的な関係にあり,国の発言力等に鑑み,西アフリカにおける重要国の1つに位置づけている。また,故ウーフェ・ボワニ大統領は機会あるごとに同国の国家建設の模範として日本の名をあげる等、同国は極めて親日的。 1999年6月,ベディエ大統領が同国元首として初めて日本への公式訪問を果たした。 政情悪化以前に実施した文化無償による視聴覚機材等の供与,青年招聘計画等人物交流,現地における柔道大会の毎年開催等を通じ,国家開発の模範として「日本」は位置付けられ,日本文化に対する関心は極めて高い。政情の好転に伴い,2008年から日本映画祭及び柔道大会,2009年から空手大会を再び開催しており,文化交流が再活性化してきている。   日本の援助実績(2008年度までの累積)、(イ)有償資金協力 (E/N(交換公文)ベース) 122億円、(ロ)無償資金協力 (交換公文ベース) 440.65億円、(ハ)技術協力 (JICAベース) 104.15億円。






14 シェラレオネ共和国(英) 
西アフリカの西部、大西洋岸に位置する共和制国家。 奴隷制からから解放された黒人達の移住地として18.8年ににイギリスの植民地となり、1961年にに独立した。 首都:フリータウン、人口:.600万人。 面積:日本の19パーセント。住民:メンデ族、テムネ族、リンパ族、クレオール(黒人と白人との混血)。 言語ンデ族、テムネ族、リンパ族、クレオール(黒人と白人との混血)。 宗教:イスラム教60%、キリスト教10%、アニミズム信仰30%。  主要産業: 鉱業(ダイヤモンド等)、農業(コーヒー、ココア)。 
経済概況: ダイヤモンドおよびルチル(金紅石)に代表される貴重な鉱物の採掘を基盤とした輸出国である。 シエラレオ特別企業合同は、25年間ダイヤモンドの探査権を独占し、利益の多くを政府に上納していた。しかし、同時に大部分のダイヤモンドが密輸出されている。南西部が最もダイヤモンドの埋蔵量が多い地域であり、これを巡って過去に内戦が発生している。 内戦終結後、政府は再びダイヤモンド産業の発展に力を入れており、2007年就任したアーネスト・コロマ大統領はダイヤモンド採掘や研磨産業を育てようとしている。 ダイヤモンドの他に、ポーキサイトや、金紅石(ルチル)、ジルコンなどの鉱物の産出国でもある。 ボーキサイトは1963年以来、シエラレオネ鉱石・金属会社により採掘が始められている。チタンを含むルチルの採掘は1967年に始まり、1979年にシエラチルズ社が生産を再開した。   日本の援助実績。(1)円借款(2008年度まで、交換公文ベース)。(2)無償資金協力(2008年度まで、交換公文ベース)、(3)技術協力(2008年度まで、JICA経費実績ベース)25.24。 日本政府は平成16年度以降、毎年、電力および給水を主体にした有償資金協力および技術協力を行っている。  対日貿易:(イ)貿易額(2009年 日本財務省貿易統計),対日輸出 4億0,256万円,対日輸入 21億9,567万円.
(ロ)主要品目,対日輸出 非金属鉱物製品等, 対日輸入 乗用自動車、貨物自動車等. 

  



15. ブルキナファソ(仏) 「清廉潔白な人の意」
首都:ウガドーグ。人口:1.520万人。 面積:日本の7.1パーセント。 住民:、モシ族、グルマンチェ族、ヤルセ族、グルーシ族、ボボ族等。言語:フランス語(公用語)、モシ語、ディウラ語、グルマンチェ語。90%の国民がモン語などスーダン系の言語を話している。 宗教:伝統的宗教57%、イスラム教31%、キリスト教12%  主要産業: 農業(粟、とうもろこし、タロイモ、綿花および牧畜)特に、綿花は輸出の半分を占める。 農業国であり、全世界の生産量では粟がニジェール、マリに次ぐ6位、トウモロコシが10位を占める(2002年)。14世紀ごろ豊富だった金鉱の採掘は現代でも続いており、2008年の5トンから2009年には11トン以上に伸びている。 人口過剰のため、周辺諸国への出稼ぎがさかん。  経済概況; GDPの35%、労働人口の多数を農業が占めている。1980年代半ばまでは、比較的良好な経済パフオーマンスを見せていた。1984年のサンカラ政権成立後、社会主義経済体制下で、公共部門の拡大、公共支出・投資の拡大などが実施された。1987年の軍事クーデター以降、世銀・IMF等からの支援も開始され、1991年に最初の構造調整計画が開始。以降、政府は財政不均衡や国際収支の是正、民間部門の強化等各種政策を実施。1994年のCFAフランの切り下げ後もその衝撃を吸収するのに成功。 西アフリカ諸国の中で比較的良好なパフォーマンスを見せている。 2000年にはサブサハラで2番目にPRSP(貧困削減戦略文書)を策定。 ブルキナファソによる経済改革、民主化努力は、世銀、IMF等を含む諸パートナーからも高く評価されている。  日本の援助実績。(1)有償資金協力(2007年度まで、EN(交換公文)ベース)、(2)無償資金協力(2007年度まで、ENベース)281.94億円、(3)技術協力実績(2007年度まで、JICAベース66.70億円。

           

           





16. ガーナー共和国(仏)
アフリカに位置する共和制国家。 南は大西洋に面する。首都:アクラ。 人口:2380万人。 面積:日本の63パーセント。 住民:アアカン族、ガ族、エベ族、ダゴンバ族、マンプルシ族他。 言語:英語(公用語)、アシャンテ語。 宗教:国民の約半数がキリスト教徒、イスラム教約15%、その他伝統的宗教。  主要産業:農業(カカオ豆)、鉱業(貴金属、非鉄金属)。  経済概況: ガーナ経済は農業・鉱業に依存する典型的な一次産品依存型経済であり、農業が国内総生産(GDP)の約40%、雇用の約60%を占めている。主要輸出品もカカオ、金及び木材が上位3位を占めており、国際市況及び天候に影響を受けやすい環境にある。また、近年では海外で働くガーナ人からの海外送金が増加していると報告されており、その額は上述3大輸出品の輸出額を上回ると言われている。 現在直面している主要な課題としては、財政赤字の改善、電力不足の解消、地域格差の是正が挙げられる。また、沿岸の油田開発では、2010年12月から石油の商業生産が開始されたことに加え、2011年からガスの商業生産の開始が見込まれており、政府の歳入及びガーナ経済への影響が注目される。  首都のアクラに1980年、日本の援助で「野口英世記念黄熱病研究所」がたてられた。中国の援助で発電所が建設された。 

 日本の援助実績(億円)(2008年まで)、(1)円借款(交換公文ベース)1.25091、(2)無償資金協力(交換公文ベース)805.10、(3)技術協力(JICA経費実績ベース403.34)。




17. トーゴ共和国(獨)
西アフリカに位置す共和制国家。 南は大西洋にに面する。 北部はなだらかに起伏するサバンナで、中部は丘陵である。南部は高原だが、海岸平野は潟と沼沢からなる首都:メロ。 人口:600万人。 面積:日本の15パーセント。住民:エヴェ族(約35%)をはじめ40の部族からなる。 言語:フランス語(公用語)、エヴェ語、カブレ語他。 主要産業:農業(綿花、カカオ、コーヒー)。 
経済概況:
農業が国内総生産 (GDP) の約39%、労働人口の約64%を占める農業国。綿花、コーヒー、ココアが輸出額の30%を占める。 綿花に依存する農家があ多い 。世界最貧国の1つ。外国からの援助に依存しているが、欧州連合 (EU) は1998年6月のニャシンベ・エヤデマ大統領当選を認めず、7月から協力停止を発表した. 燐鉱石の輸出に依存。生活は普通以下。日本はトーゴへのODを実施し、現在もそれは続いている。資金援助の他にも、放送器材を提供して国営放送を支えている。日本はトーゴから綿花や魚介類を輸入している。  日本の援助実績、(1)有償資金協力(2008年度まで、EN(交換公文)ベース) 93.46、(2)無償資金協力(2008年度まで、EN(交換公文)ベース) 144.47、(3)技術協力実績(2008年度まで、JICAベース) 8.09(単位:億円))。  対日貿易(2009年貿易統計):(イ)貿易額輸出 0.61億円、輸入 16.5億円、 (ロ)主要品目、輸出 カカオ豆、卑金、再輸入品、 輸入 アクリル・合成繊維類、簸金 (2)進出企業(2009年) 1社。    
2001年1月、当時の首相森喜朗が日本の総理大臣として初めてサハラ砂漠以南のアフリカ諸国(南アフリカ、ケニヤ、ナイジェリア)を訪問し、21世紀に向けた日本の対アフリカ協力基本方針を明らかにした。日本はトーゴへのODAを実施し、現在もそれは続いている。資金援助の他にも、放送器材を提供して国営放送を支えている。日本はトーゴから綿花や魚介類を輸入している。






18. べナン共和国(仏) アフリカにおける民主化のモデル国

 首都:ポルトノボ。人口:890万人。 面積:日本の29パーセント。 住民:フォン族、ヨルバ族(南部)、アジャ族(モノ、クフォ川流域)、バリタ族、プール族(北部)、ソンバ族(アタコラ山地、トーゴ間)等46部族。 言語:フランス語(公用語)、英語、ハウサ語、ヨルバ語、イボ語。 宗教:伝統的宗教(65%)、キリスト教(20%)、イスラム教(15%)。 主要産業:農業(綿花、パームオイル)、サービス業(港湾業)、特に、多数の農家が綿花に依存している。    経済概況: ベナン経済を左右する要因は、綿花産業とコトヌ港での港湾サービス業である。 ベナン経済の抱える難点は、産業の多角化が進んでおらず、更にナイジェリアとの関係悪化が貿易量の減少に直結してしまう経済構造にある 。綿花産業を含む第一次産業は、2008年のGDPの約30%、労働人口の50%を占めている。綿花価格の低下や、若干持ち直したものの綿花の生産量が減少している事実、さらにコトヌ港がロメ港(トーゴ)との熾烈な競争に晒されている点などが、ベナン経済の不安材料になっている。 財政的には、1980年代に陥った破綻状況から立て直すため、世銀・IMFによる構造調整計画を受け入れ、2003年3月PRSP(貧困削減戦略ペーパー)完了時点に到達、460百万ドルの対外債務が削減された。同国に対する援助国・機関の評価は高い。 
従来より社会主義国として東側諸国と緊密な関係にあったが、1989年にマルクス・レーニン主義を放棄した後は西側先進国との関係強化を進めた。 総歳入の約71%、総輸出額の約88%を原油に依存。オイルブームの後、放漫財政のつけ等から深刻な慢性的財政赤字、巨額の累積債務に直面するも、2005年10月のパリクラブ合意により、主要先進国からの多額の債務免除を取りつけた。 OPEC第7位(2009年)の産油国でありながら、長年の軍事独裁等を理由に、原油収入が適切に利用されておらず、貧困の緩和、インフラの整備が進んでいない。 産油地帯であるナイジャー・デルタ地域で   日本の援助実績(2007年度までの累積)、(1)有償資金協力(EN(交換公文)ベース) 37.62億円、(2)無償資金協力(EN(交換公文)ベース) 300.53億円、3)技術協力実績(JICAベース) 41.52億円。

                           




19. ナイジェリア連邦共和国(英)

西アフリカの東側に位置し、アフリカ最大の人口をもつ“ミニ・アフリカ”と呼ばれる多様な自然に恵まれた連邦共和国。 西アフリカでは古い歴史を持つ国で、ノク文明はB.C.5世紀にさかのぼるといわれる。その後も各民族が王国を形成し、現在もその当時のブロンズ像、象牙の仮面など遺品が数多く残っている。
首都:ラゴスからアブジャに遷都(1991年)。 人口:1億5千5百万人。 面積:日本の2.5倍。 住民:ハウサ人、ヨルバ人、イボ人等(民族数は250以上と推定)。 言語:英語(公用語)、各民族語。  主要産業:原油、天然ガス、綿花を主体をにした農業等。

内政:
1960年に独立をはたしたが、民族間対立はつづき、67年に石油の支配権をめぐってビアフラ戦争、クーデターが続いた。1999年に達成された政治的発言の自由は、主義・主張の制約を減らしたが、宗教的、民族的背景の異なる軍閥による対立を促進し、それに伴う暴力的抗争を招いた。この抗争による犠牲者は数千人に上ると言われる。 アフリカにおける石油産出量がトップクラスの同国は、石油価格高騰の恩恵を受けている。しかし、政治腐敗や政府の管理能力不足により、同国民は貧困や失業といった問題に直面している。  

経済概況
:総歳入の約71%、総輸出額の約88%を原油に依存。 オイルブームの後、放漫財政のつけ等から深刻な慢性的財政赤字、巨額の累積債務に直面するも、2005年10月のパリクラブ合意により、主要先進国からの多額の債務免除を取りつけた。 OPEC第7位(2009年)の産油国でありながら、長年の軍事独裁等を理由に、原油収入が適切に利用されておらず、貧困の緩和、インフラの整備が進んでいない。 産油地帯であるナイジャー・デルタ地域では、武装組織による石油関連施設の破壊、外国人労働者の誘拐等が頻発しており、これらの問題への迅速な対応を迫られている。 欧米諸国とは、民間レベルにおいて活発な経済関係を維持(シェル、モービル、シェブロン等国際石油資本がナイジェリア石油公社と合弁)。 

中国は107億ユーロ(約1兆4000億円)の援助を与え、同国の石油利権の45パーセントを取得、さらに鉄道の整備、建設を行い、また直接投資でビスケット工場を買収して大々的な生産を行っている。
 2007年現在の中国人の数は5万人に達し、なお増加中である。  石油利権については、ロイヤル・ダッチ・シェル(ハーグに本拠を置くオランダとイギリスの石油エネルギー会社)が1938年から進出し、1960年のナイジェリアの独立まで市場を独占していた。

日本の援助累計
(2008年度まで)、99年の民政移管後、援助再開)。1)有償資金協力 783.12億円(債務繰延・債務免除を除く)、(2)無償資金協力 384.67億円、(3)技術協力実績 120.14億円。





20.. ニジェール共和国(仏)
首都:ニアメ。 口:1,467万人(2008年、世銀)。 面積:日本の3.4倍。国土の2/3はサハラ砂漠が広がる。アフリカで三番目に長いニジェール川(ギニア湾にそそぐ)が重要な水資源。 住民:ハウサ族、ジェルマ・ソンガイ族、カヌウリ族、トゥアレグ族、トゥープー族、プール族等 。 言語:フランス語、ハウサ語。  宗教:イスラム教、キリスト教、原始宗教。  主要産業:林漁業、鉱業、サービス業。ウラン生産と農牧業が中心。ウランの輸出に依存。(世界第三位の輸出国))。主要貿易相手国は旧宗主国のフランス。 
経済概況:ニジェール経済は伝統的な農牧業と1970年代半ばより急成長したウラン産業が外貨収益の柱となっている。ニジェ-ルは世界第三位のウランの輸出国となった。産業の多角化が進んでおらず、経済状態は降雨状況や周辺国との関係などの外部要国に大きく左右される。2005年には、干ばつと砂漠バッタの発生による被害を受け、深刻な食糧不足に陥った。低迷していたウラン価格が2003年以降上昇を続けるなど明るい要因はあるも、タンジャ前大統領による新憲法制定に至る過程で米国等が新規援助の停止に踏み切るなど、なお同国経済をとりまく状況は厳しい。 日本は木材などを輸入し、自動車などを輸出している。青年海外協力隊員が派遣されている米国から多大の軍事支援を受けている(サハラ横断反テロ構想)。 

中国は3億3000万ユーロ(約430億円)の援助と交換にウラン探査を行い、その採掘権を得ている。 中国資本の進出により、石油、繊維および建設業が栄えた。
旧宗主国としてウランに関して独占的位置にあったフランスの影響が衰退している 2007年、砂まみれの首都、ニアメ北部のアガテスリートでウラン探査の中国企業を守護する政府の守備隊が、ウランの利益を地元に還元せよと主張するニジェール運動(MNS)のトプアレグ族の襲撃を受け、中国人は政府軍に守られて逃げるという事件が起こった。 ニジェール北部の武装勢力は失脚前のカダフイ大佐からの武器の支援を受けて勢力を拡大したと言われる。カダフイ大佐,は中国のアフリカ進出に反感を持ち、、自国の国境付近で中国企業が活動するのに不快感を持っていたと言われる。 

日本の援助実績
(2008年度まで、有償・無償はE/Nベース、技術はJICAベース)、(1)有償資金協力 32.00億円、(2)無償資金協力 525.23億円、(3)技術協力実績 174.25億円。




21. チャド共和国
アフリカ中央部部の国家。内陸国。。首都ンジャメナ。 人口:約1050万人、 面積:日本の約3.4倍。 住民:サラ族、チャド・アラブ族、マヨ・ケビ族、カネム・ボルヌ族、その他、スーダン系黒人が大半を占めており200以上の部族に分かれる。チャドで最も人口が多い民族であるサラ族は、伝統宗教やキリスト教の信者が大半である。 言語:仏語、アラビア語(公用語)。 宗教:イスラム教(54%)、カトリック(20%)、プロテスタント(14%)他。同国はチャド湖に流れ込む河川地域を中心にひろがる。  主要産業:農業、牧畜業、原油に依存。 主な農業生産物は綿花で、石油生産が始まるまでは輸出の70%程度を占めていた。南部を中心にや牛やラクダによる 牧畜も行われており、それらから取れる肉、皮も輸出されている。また、ウラン鉱脈が発見されたが開発が遅れている。

内政:1960年にフランスから独立した後、南部キリスト教勢力と北部イスラム勢力が対立、1980年代には北部勢力間で抗争が発生するなど、クーデターや内戦を繰り返す不安定な政治情勢が続いた。1989年にハブレ大統領が内戦を制し全土を掌握したが、スーダンに逃れていたデビー元軍司令官が1990年に東部地域から首都に侵攻、ハブレ大統領はセネガルに亡命し、デビー元軍司令官が政権を掌握した。デビー政権になって一旦は内政が安定し、大統領選挙、国民議会選挙等を実施するなど、民主化プロセスも一応進展が見られ、また北部地域の反政府勢力「チャド民主正義運動」と2002年に和平合意を締結したが、2004年頃よりクーデター未遂や軍幹部・国軍兵士の離反等が相次ぎ、2005年頃より東部スーダン国境付近でチャド反政府武装勢力の活動が活発化、2006年4月には反政府勢力の一つFUC(変革のための統一戦線)が首都近郊まで侵攻し、政府軍と銃撃戦が行われる等、内政は不安定な状態が続いている。同年5月に野党がボイコットする中、デビー大統領は大統領選挙を強行し圧倒的得票率で3選を果たしたが、11月には反政府武装勢力UFDD(民主主義及び開発発展のための連合)が東部主要都市アベシェを一時制圧下に置くなど、不安定な情勢が続いている。同年12月末にFUCと和解、2月の新内閣ではFUCリーダーが国防相に就任するも、東部地域では他の反政府勢力の攻撃が頻発。隣国スーダン政府がチャド反政府勢力を支援しているとして度々スーダン政府を非難し、同国との関係が悪化している。2008年2月にも東部地域から侵攻した反政府勢力と首都で市街戦が行われるなど、情勢は不安定な状態が続いている。その都度周辺国の調停により和解を繰り返しており、スーダンとの関係改善がチャドの安定化にとって重要課題となっている。

経済概況: 経済不振の原因として、長年の内戦状態で、交通網の不整備がある。道路はほとんど未舗装未であり、雨季には使用できなくなる。またチャド湖に繋がる河川は水上交通として利用されるが、こちらは近年の砂漠化の進行で、雨季の限られた期間しか船舶の通行ができない。  チャドは国土の約3分の2は砂漠地帯であり、内陸国というハンディもあり、綿花と畜産業中心の最貧国のひとつであったが、近年同国南部の石油資源(埋蔵量約10億バレル)の開発が進み、2003年には、世銀の融資を受け、同国南部ドーバから隣国カメルーンのクリビ港に至る全長1,070キロメートルの石油パイプラインが貫通し、石油輸出が開始された。2005年の産油量は17万バレル/日で、同国の輸出の約8割を占めている。2001年に拡大HIPCイニシアティブのDP(決定地点)に到達したが、政情不安もあり、貧困対策等人間開発に大きな改善が見られていない。2006年は綿生産も前年に比べ23.5%減少したため、実質経済成長率は4.6%に留まった(2005年の実質成長率は8.6%)。  

中国は5億3000万ユーロ(約690億円)の援助を与え、油田の採掘権を得、密接な関係を結んでいる。
 毎年多数の像が殺され、その象牙がポート・スーダンから中国に船積みされている。   

日本の援助実績
、(1)有償資金協力(2006年度まで、EN(交換公文)ベース) なし、(2)無償資金協力(2006年度まで、EN(交換公文)ベース) 22.07億円、(3)技術協力実績(2006年度まで、JICAベース) 7.33億円。


                  




22.. サントメ・プリンシペ民主共和国
ギニヤ湾上に浮ぶ小島国。 面積:960平方キロメ^トル(東京都の半分)。 首都:サントメ。 人口:16万人。住民:バンツウー系、およポルトガル人との混血。 言語:ポルトガル語。  宗教:キリスト教。  主要産業;サービス業(行政サービス・商業)がGDPの約7割。その他農業、水産業、工業。   経済概況:同国経済は外国からの援助に大きく依存している。また、GDPの7割はサービス業(行政サービス・商業)が占めている。対外債務残高は1998年にGNPの670%に達した(2000年は460%)。2000年度には世銀の100%及びIMFの80%の債務返済免除措置を受けた。 他方、近年の調査により同国周辺海域で石油鉱床の存在が確認され、開発の足枷となっていた周辺国との国境問題や外国石油企業との開発合意に係る再交渉問題も解決し、2003年10月には海上鉱区の入札を実施。本格的な石油生産の開始は、2010年以降の見通し。また、観光業の発展にも力を注いでいるが、アクセスの悪さ、インフラの未整備及びマラリア等が障害となっている。政情不安。  .日本の援助実績(2008年度までの累積)、(1)有償資金協力(EN(交換公文)ベース)0、(2)無償資金協力(EN(交換公文)ベース)49.29億円、(3)技術協力実績(JICAベース)6.80億円。




23.
 .
ガボン共和国(仏)
首都:リーブルビル。人口:145万人。 面積:日本の71パーセント。 住民:バンツー系、ファン系。言語:バンツー系、ファン系。言語:フランス語、ファン語。 宗教:キリスト教、伝統的宗教、イスラム教(1%)。  主要産業:鉱業(原油、マンガン)、農林業(木材、ヤシ油)、石油、木材が豊富。 経済概況:サブサハラ・アフリカでは、ナイジェリア、アンゴラ、赤道ギニア、スーダン、コンゴ(共)に次ぐ産油国(1996年12月末OPEC脱退)の為、比較的豊か。国連人間開発指数では107位(2008年)。石油生産は1997年の日産37万バレルをピークに減少傾向(2006年は日産23.7万バレル)にある。ガボン政府は、経済の多様化、格差に起因する国民の不満解消のための貧困対策、石油生産が順調であった1970年代、1980年代の多額の対外債務の返済(歳入の半分以上が債務返済に充当される)という3つの大きな課題を抱えている。 PPECに加盟。生活は普通。 鉱山開発計画を進めている。  石油利権については、1946年にフランス石油(現タール・エルフ)の前身が油田を発掘以来、市場の独占を続けていた。

中国は26億ユーロ(約3400億円)の援助を与え、木材、鉱山、石油の開発を進めている。
2007年現在で約6000人の中国人がおり、同国は中国に親密感を持っている。中国人の技術者、労務者の数は年々増加している。  

日本の援助実績
(2008年度まで)(1)有償資金協力 30.00億円、(2)無償資金協力(2007年度まで、EN(交換公文)ベース) 20.02億円、3)技術協力実績(2007年度まで、JICAベース) 19.08億円



24.
 カメルーン共和国
 
中部アフリカの多様性に富んだ国、首都:ヤウンデ。 面積:日本の1.26倍。 人口:1,890万人(2008年 UNFPA) 。民族;ドゥアラ族、バミレケ族、バムン族、フルベ族他。. 言語:ランス語、英語(共に公用語)、その他各部族語。. 宗教:カトリック、プロテスタント、イスラム教、その他伝統宗教。 主要産業:農業(コーヒー、ココア、綿花)、林業(木材)、鉱工業(石油)。 経済概況:カメルーン経済は、原油、鉱物、木材、農作物といった一次産品に頼った構造となっており、国際石油価格の下落等が経済成長に与える影響が懸念されている。カメルーンは2000年10月に拡大HIPCイニシアティブ(重債務貧困国に対する債務救済イニシアティブ)の適用を受け、2006年4月にCP(完了時点)に到達した。また、本年「カメルーン長期開発ビジョン」を策定し、今後25年間を、経済成長による貧困の削減、中所得国への躍進、新興工業国への脱皮という3段階に分けた経済成長を目標としている。 ココアの価格低迷で累積債務増大。国民生活は普通。石油、天然ガス、ポーキサイト、錫、金、ウラン、森林に恵まれ、その

資源を狙う中国は1億1870万ユーロ(約154億円)の援助を与え、 中国は26億ユーロ(約3400億円)の援助を与え、ペリカン鉱区に眠る5憶トンの鉄鉱石の採掘権を取得し、また油田の探査を実施している。また熱帯雨林の伐採権を入手して大々的な伐採を始めた。各種の公共施設、病院、診療所、道路建設、上水道の補修を含む各種工事を受注、中国製のバスによる高速バスの運行を行い、カルーメンの社会は大きく変貌、また熱帯雨林の伐採権を取得し、木材の輸出を促進している。 首都における小売店の開設により中国からの日用雑貨品目が大量に出回っている。 2007年現在の中国人の数は7000人、年々増加している。同国の国民の中国との往来が盛ん。
直接中国で雑貨を仕入れ、持ち帰って個人商店を始めるものもいる。  カメルーン経済は、原油、鉱物、木材、農作物といった一次産品に頼った構造となっており、国際石油価格の下落等が経済成長に与える影響が懸念されている。カメルーンは2000年10月に拡大HIPCイニシアティブ(重債務貧困国に対する債務救済イニシアティブ)の適用を受け、2006年4月にCP(完了時点)に到達した。また、本年「カメルーン長期開発ビジョン」を策定し、今後25年間を、経済成長による貧困の削減、中所得国への躍進、新興工業国への脱皮という3段階に分けた経済成長を目標としている。   

日本の援助実績
、(1)有償資金協力(2007年度まで、EN(交換公文)ベース)  95.88億円、(2)無償資金協力(2007年度まで、EN(交換公文)ベース)  204.88億円、(3)技術協力実績(2007年度まで、JICAベース) 37.93億円、最近の主要案件、第三次小学校建設計画(3/3期 9.32億円)、第四次地方給水計画(1/2期 5.15億円)、国立アマドゥ・アモジョ総合スタジアム改修計画(2.99億円)。



            

 




25. 中央アフリカ共和国.(仏)

 首都:バンギ。 人口:430万人。 面積:日本の1.7倍。 住民:バンダ族、バヤ族、サラ族、ヤコマ族、サンゴ族、バカ族、ピグミー族他。言語:フサンゴ語(公用語、国語)、フランス語(公用語)ランス語。 宗教:カトリック(約25%)、プロテスタント(約25%)、伝統的宗教(約35%)、イスラム教(約1%)。  主要産業:農業(綿花、コーヒー、タバコ)、林業(木材)、鉱工業(ダイヤモンド、ウラン、金)、食品加工、木材加工。 農業では特に綿花に依存する農家が多い。綿花の栽培については、西アフリカと共に、少なくとも1000万人が綿花に依存して生計をたてている。 豊富な資源は未開発。  
経済概況
:内陸国であるため、貿易は近隣諸国経由で行われており、必然的に輸送コスト高という経済的不利に加え、度重なる政情不安の影響で、同国経済は大きな打撃を蒙り、最近は経済の低迷が続いている。国家歳入不足に起因する公務員給与の未払い問題が深刻。 慢性的食料不足。 
中国は熱帯雨林の伐採権を取得し、直接投資でその森林の資産を獲得し、自国に対する木材の輸出を増大している。
 また毎年多数の像が殺され、その象牙が中国に送られている。  

日本の援助実績
、(1)有償資金協力(2006年度まで、EN(交換公文)ベース) 6.00億円、(2)無償資金協力(2006年度まで、EN(交換公文)ベース) 342.42億円、(インフラ整備、食糧増産が中心)(3)技術協力実績(2006年度まで、JICAベース) 27.24億円  2003年のクーデター
以降援助の実施を見合わせてきたが、2006年5月再開を決定。

2013年3月24日、国内の反政府武装勢力、セレカが政府軍と戦闘の末、首都バンギ全域を制圧した。ボジセ大統領は隣国コンゴ(旧ザイール)に脱出したという。首都の空港は旧宗主国であるフランス軍部隊が確保しているという。

   
    

 中央アフリカおよびコンゴの熱帯雨林(中国企業による伐採域が拡大している)
  
    
アマゾンの二の舞になるのは時間の問題と言われる




26.
. 赤道ギニア共和国(仏)

 
アフリカ大陸中西部、赤道直下のギニア湾に面した大陸部のムビニとギニア湾のビオコ島などの島を併せたエロベイ諸島からなる共和国。ビオコは火山島で、島の南斜面は世界的な降雨帯として
知られている。18世紀にはイスラム国家であったが、19世紀末にはフランス植民地となり、
1958年に独立した。赤道ギニアは7県に分けられている。1.アンポン県、2.北ビオコ県、3.南ビオコ県,4.中南部県、5.キエンテム県、6.リトラル県、7.ウエレンザス県

 首都:マラボ。人口:70万人。 面積:日本の7.4パーセント(北海道の約3分の1)。 住民:ブビ族、ファン族、コンベ族、ベレンゲ族等。言語:スペイン語(公用語)、仏語(第2公用語)、ファン語、ブベ語。 宗教:キリスト教(99%)、伝統宗教。  主要産業:石油、天然ガス。経済概況:木材、ココアが主要産業であったが、1990年代半ばに、大規模な石油と天然ガスの埋蔵量が発見されて以来、同国はサハラ以南のアフリカで最も重要な産油国の一つと認識されている。2004年には、世界で最も速い経済成長を経験した。しかし、それら経済的利益を享受できる人口は限られている。 1992年に石油・天然ガス生産が開始されて以来、石油が主要輸出品となる。その後新たな油田の発見も相次ぎ(2008年石油生産量36.5万バレル/日)、急速な経済成長を遂げている(一人当たりGNI:330ドルから12,420ドルへ(1994年から2009年 世銀))。近年、道路、港湾及び都市整備等の基幹インフラの整備は急速に進んでいるが、貧困率は7割に上るとされ、この急速な開発促進が経済的・社会的な歪みを生じさせており、バランスのとれた発展が課題。 クーデータ頻発。 サハラ以南では石産油量は第三位。 中国の技術により油田の探査、開発が進んでいる。

赤道ギニア事件(2008年)、独裁者テオドロ・オビアン・ゲマン・ンバソニの出生地のモンゴスで中国企業の中国人労働者が賃上げストライキを起し、ギニアの官憲が発砲して2人の中国人が死亡した。数日後に、400人の中国労働者は特別機で中国に送還された。
 この事件を機に、アフリカは中国に対して「ノー」と言うことを学ばねばならない、少なくとも援助の受入れ側の条件を中国に課すべきことが主張された。   


日本の援助実績
(2008年度まで)、1)有償資金協力(EN(交換公文)ベース)0、(2)無償資金協力(EN(交換公文)ベース)11.70億円、(3)技術協力実績(JICAベース)3.06億円。

               
             
                首都 マラホ(ココ島)





27.. コンゴ人民共和国(仏)

自ら認めるところの社会主義国(共産主義国)である 。1988年のコンゴ人民共和国の人口は2,153,685人だった。1008年の推定では約32万人。15の異なる民族集団が存在していたが、多くはコンゴ人、アンガ人、ンボチ人もしくはバケテ人だった。 8,500人のヨーロッパ人が同時に存在し、多くはフランス人の家系だった。 フランス語は公用語だったが、他にもコンゴ語とリンガラ語などが認知された言語となっていた。 首都:ブラザビル。面積:日本の90パーセント。住民:コンゴ族、テケ族、ブバンギ族等。言語:フランス語(公用語)、リンガラ語、キトゥバ語。 。宗教は伝統的宗教、キリスト教(10パーセント)。  
主要産業:
鉱業と農業、天然ガス、カリ鉱石、鉛、亜鉛などの資源も存在するが、開発はあまり進んでおらず、GDPの5割以上、輸出額のほとんどを石油、木材に頼っている状況である。石油の生産は、ギニア湾に面したクイルー地方に集中しており、他の地域との経済格差も大きい。 また1990年代後半は出所不詳のダイヤモンド原石の輸出もみられるようになり、紛争ダイヤモンドの横流し輸出が行われているのではないかとの指摘もなされるようになった。2004年に、紛争ダイヤモンドの流通防止を行うワール自給自足的で、国民の基礎食糧となるクアサバの生産が盛んに行われている。商品作物はサトウキビ、落花生、タバコ、アブラヤシ、コーヒ、カカオなどがある。 地下資源に恵まれるものの、1990年代の内戦などでインフラは破壊され、経済は壊滅状態となっており、世界の最貧国の1つとなっている。債務危機に突入。生活は普通以下。  

中国は9500万ユーロ(約224億円)の援助を行い、友好関係にあり、2007年現在で7000人の中国人が進出し、水力ダムの建設を含むインフラ整備を行っている。 中国の技術援助で銅、コバルトの採掘、生産が進み、さらにコンゴ盆地の熱帯雨林(アマゾンに次ぐ大熱帯雨林)の伐採権を取得し、原木の中国への輸出が増大している。 ベニア製造工場、木材加工場を現地に設け、家具の製造も行っている。 森林伐採と共に、保護対象の野生動物の不正な狩猟を行い、また、毎年、多数の像が殺され、その象牙が中国に輸出されている。 海では多数の小型トロール船で最新漁法を用いて漁をし、現地漁民の生活をを脅かしている。 中国は低金利融資により多くの油田鉱区を獲得した。コンゴは石油資源の約半分を中国に販売している。 また、毎年多数の像が殺され、その象牙がポート・スーダンから中国に船積みされている。

中国人は利のためには勤勉で忍耐強く、コンゴ人を「怠け者」と見下し、コンゴ人は中国人を「休みなく働く悪魔の機械のようだ」と評しているとか。

中国の諺に「木は移せば枯れるが、人は移り住んで財をなす」とあり、現地で成功した企業家は親戚縁者を呼び寄せ、協同して各種の商売に手を伸ばし事業の拡大を図る者も少なくない。


日本の援助実績
、(1)有償資金協力(2008年度まで、EN(交換公文)ベース) なし、(2)無償資金協力(2008年度まで、EN(交換公文)ベース) 41.14億円、(3)技術協力実績(2008年度まで、JICAベース) 2.65億円。

              
              昔ながらのザイールの村
   



28. コンゴ民主共和国(旧ザイール)(ペ)
アフリカの中央に位置し、アフリカで3番目に大きな国である。共和制国家。 西は大西洋に面する。首都:キンシャサ。 人口:6,780万人(2010年、UNFPA)。 面積:日本の6.2倍。 住民:バンツー系、ナイル系等。 言語:フランス語(公用語)、キコンゴ語、チルバ語、リンガラ語、スワヒリ語。 宗教:カトリックを中心としたキリスト教(85%)、イスラム教(10%)、その他伝統宗教(5%)。 主要産業;鉱工業 銅、コバルト、工業用ダイヤモンド、石油、農業 (パーム油、綿花、コーヒー)。 
.内政:ベルギーから独立後、モブツ大統領が1965年に政権を掌握。1990年以降内政は混乱したものの、30年以上独裁体制を維持。しかし、1997年5月、ルワンダ、ウガンダの支援を受けた反政府勢力のローラン・デジレ・カビラADFL(コンゴ・ザイール解放民主勢力同盟)議長が首都キンシャサを制圧。同議長が大統領となり、国名をザイールからコンゴ民主共和国へ改称。しかし、その後再び1998年8月、同国東部地域で反政府勢力が武装蜂起し、ウガンダ、ルワンダなどが反政府勢力を支援し派兵、またジンバブエ、アンゴラ等がカビラ政権支援のためにコンゴ民主共和国領内へ派兵したことにより国際紛争へ発展。1999年8月末停戦合意が成立したが、しばしば戦闘の発生が伝えられ不安定な情勢が継続した。 2001年1月、ローラン・デジレ・カビラ大統領が暗殺され、息子のジョゼフ・カビラ将軍が後継。ジョゼフ・カビラ大統領は、国民対話の推進、近隣国・欧米との関係改善、経済自由化政策を推進した。2002年には、和平プロセスが進展し、ルワンダ、ウガンダとの間でそれぞれコンゴ領内からの軍撤退等に係る合意が成立した。国民対話も進展し、同年12月には国内の全勢力が参加する「プレトリア包括和平合意」が成立し、右合意に基づき、2003年7月、2年間を期限とする暫定政権が成立した。選挙準備の遅れにより暫定期間が延長され、2006年7月に大統領選挙(第1回投票)と国民議会選挙、同年10月、大統領選挙(第2回投票)が実施され、ジョゼフ・カビラが当選。同氏が同年12月に大統領に就任した。 東部地域は、歴史的な部族対立、天然資源を巡る武装勢力の対立、周辺国の介入等により、1990年代初めより不安定な情勢が継続。北キブ州では人民防衛国民会議(CNDP)を始めとする反政府武装勢力とコンゴ(民)政府との間で2008年1月に即時停戦、斬新的DDR等を盛り込んだ「誓約書」(ゴマ合意)が署名されたが、その後も依然として武力衝突が発生した。2008年8月末にCNDPが武装蜂起しコンゴ(民)国軍と武力衝突が再開した。国際社会の調停により、2009年3月、政府とCNDPとの間で和平合意。コンゴ民主共和国政府にとり、東部地域の安定と統治能力の回復は最重要課題。

経済概況:輸出の約9割がコバルト・ダイヤモンド・金等で占められ、1970年代初期までは、順調な経済発展を遂げたが、銅価格の低迷、対外債務の増大等によって1970年代末期以降経済困難に直面。1991年の内政混乱以降、1997年のモブツ政権の崩壊、1998年のコンゴ(民)紛争の勃発等のために経済は壊滅状態となった。2006年7月、世銀・IMFの協力の下、貧困削減戦略文書(PRSP)が策定された。 2006年の選挙により正式に就任したジョゼフ・カビラ大統領は、同国の復興のために、マクロ経済の安定、経済改革の推進に努めている。2002年6月に,暫定版貧困削減戦略文書を策定し、2003年7月にはIMFによりHIPCイニシアティブの決定時点到達、2010年6月には同イニシアティブの完了時点に到達した。 中国は銅、コバルトの採掘のため経済援助を行っている。   

日本の援助実績
、(1)有償資金協力(2008年度まで、EN(交換公文)ベース) 355.96億円(1973年マタディ橋345億円は地域内最高額)、(2)無償資金協力(2008年度まで、ENベース) 346.31億円、(3)技術協力実績(2008年度まで、JICAベース)。.
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29..アンゴラ人民共和国(ポ)
首都:ルアンダ。人口:1.850万人。面積:日本の3.3倍。 住民:オヴィンブンドゥ族(37%)、キンブンドゥ族(25%)、バコンゴ族(15%)等。言語:ポルトガル語(公用語)。その他ウンブンドゥ語等。  主要産業:(鉱)石油、ダイヤモンド、(農)とうもろこし、フェイジョン豆、砂糖、コーヒー、サイザル麻。
内政:(1)1975年独立以来、MPLA(アンゴラ解放人民運動。旧ソ連、キューバに軍事面で依存)政権と反政府勢力のUNITA(アンゴラ全面独立民族同盟。米国、南アが軍事的に支援)との内戦が継続した。国際社会の仲介により和平努力が続けられたが、政府とUNITAの関係は不安定な状態が続いた。 (2)2002年4月4日、政府軍とUNITA軍との間で、停戦合意に関する覚書が署名され、独立以来27年に亘る内戦は、事実上終結した。その後は、反政府勢力の武装解除・動員解除も進み、国民和解、国家再建のプロセスが進展している。 (3)2008年9月、内戦終了後初の国政選挙として、史上2度目の国会議員選挙が16年ぶりに実施され、与党MPLAが圧倒的勝利をおさめた。 (4)2010年2月、新憲法が公布され、国会による大統領の間接選挙制や副大統領制(首相は廃止)が導入された。
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経済概況
:1975年独立以来の長期にわたる内戦により経済は極度に疲弊したが、石油、ダイヤモンド等の鉱物資源に恵まれている他、農業、漁業等の潜在能力も高く、高い経済成長率を維持している(2009年は世界経済危機により鈍化)。特に石油については、ナイジェリアに並ぶサブサハラアフリカ最大の産油国であり、当面は石油に依存した経済発展が続くと見られる。なお、2007年1月には石油輸出国機構(OPEC)に加盟し、2009年は議長国を務めた。一方、アンゴラ政府は石油依存型経済からの脱却を図るため、農林水産業、製造業の振興等の産業多角化も図っている。 石油の輸出に依存。南アと対立。1975年の独立以来、一時的な停戦を除き27年間内戦が続いた。テロ多発、国内難民多数。2002年4月4日、反政府勢力のアンゴラ全面独立同盟(UNITA)と停戦協定を調印、ドスサントス大統領は内戦の終結を宣言した。しかし、UNITAの武装解除の過程で兵士(約4万人の兵士とその家族約30万人 )が飢餓に直面し、農家を襲うなどの事件が多発し、和平実現の障害になる恐れがある(5月の状況)。和平協定では武装解除キャンプの食料確保は政府の役割とされており、政府は国連に支援を要請している。 

2006年、油田の探査、採掘のため、アンゴラ大統領の直属組織の全国再建官房室」(CNR)に対して中国中央銀行基金管理有限公司から60億ドル(約6000億円)の借款が行われた。さらに 中国は2007年、45億ユーロ(約5500億円)の援助を与えた。それらを合計すると中国からの融資は総額100億ドル(1兆円)となり、スーダンに次ぐ額である。アンゴラは中国に対する最大の石油供給国となった。2003~2004の間で中国人の数は3万人におよび、年々増加している、中国人は首都を含む各地で小売店を開設し、大量の安価な中国製の雑貨製品があふれている
インフラ整備(道路、光通信網、携帯電話の中継アンテナ設備工事等を含む)を請け負う中国企業は中国本土からの労務者を使用するので、ルアンダの貧民街に群れる現地労働者の就労状況は改善されてない。アンゴラは中国が機関車を与えた最初の国でもある。    

日本の援助実績、(1)有償資金協力(2008年まで、ENベース)なし、(2)無償資金協力(2008年まで、ENベース)341.93億円、(3)技術協力(2008年まで、JICAベース) 34.02円。




30. ボツワナ共和国(英)
首都:ハボロネ。 人口:192万人。面積:日本の1.5倍。 住民:ツワナ族、カランダ族、ムブクシュ族等。 言語:英語、ツワナ語。 宗教:キリスト教、伝統宗教。  主要産業:(農業)こうりゃん、メイズ、(畜産)牛、羊、(鉱業)ダイヤモンド、銅、ニッケル、石炭、(工業)食品加工。南ア従属経済。ダイアモンドに依存。生活は普通。 エイズの感染者は国民の38%にものぼる。  経済概況:独立当初のボツワナ経済は、牧畜を基幹産業とし、牛肉の輸出に全面的に依存していたが、1967年にダイヤモンドが発見されて以降、急速な経済発展を遂げた。ボツワナの経済は、産出高世界第1位を誇るダイヤモンド産業がGDPの42%、輸出総額の75%、政府歳入の約5割を占め、30年間の経済成長率が9%と世界的にも有数の高い経済成長を遂げた。一方で、政府は、ダイヤモンド依存型経済からの脱却を目指し、産業の多角化を進めている他、雇用創出、格差是正、地域インフラ整備等に取り組んでいる。 経済概況:独立当初のボツワナ経済は、牧畜を基幹産業とし、牛肉の輸出に全面的に依存していたが、1967年にダイヤモンドが発見されて以降、急速な経済発展を遂げた。ボツワナの経済は、産出高世界第1位を誇るダイヤモンド産業がGDPの42%、輸出総額の75%、政府歳入の約5割を占め、30年間の経済成長率が9%と世界的にも有数の高い経済成長を遂げた。一方で、政府は、ダイヤモンド依存型経済からの脱却を目指し、産業の多角化を進めている他、雇用創出、格差是正、地域インフラ整備等に取り組んでいる。 中国は自国の国内需要が高まった牛肉に目をつけ、経済援助によりそのその増産を期待している。   

日本の援助実績
(単位:億円)、(1)有償資金協力 132.46(2009年度までの累計、2009年度実績なし)、(2)無償資金協力 41.11(2009年度までの累計、2009年度11.30億円)、(3)技術協力実績 45.59(2008年度までの累計、2008年度1.44億円)。




31..ナミビア共和国(獨)
首都:ウイントフック。人口:210万人。 面積:日本の2.2倍 。住民:オバンボ族、白人、サン族族。 言語:英語(公用語)、アフリカーンス、独語、その他部族。宗教:キリスト教、伝統宗教。  主要産業:(農)牧畜、(鉱)ダイヤモンド、ウラン、銅、亜鉛、(漁)えび、いわし、あじ。 内政:、1990年南アから独立。民族対立深刻。 南西アフリカ人民機構(SWAPO)政権は、独立以来、民主主義、経済自由化に基づく国造りを積極的に推進し、国民的和解を平和裡に達成することに成功した。 しかし人種間の貧富の差は大きく、政府は農業の振興による貧困層の生活水準の向上に取り組んでいる。2004年11月の大統領・国会議員選挙の結果、ポハンバ新大統領が77%を得票して選出され(2005年3月就任)、与党SWAPOは75%を得票し政権を盤石なものとした。なお、2007年11月より同大統領がSWAPO党首を務めている。  経済概況;ダイヤモンド・ウラン等の豊富な地下資源、国際的にも関心を集めている同国南部沿岸沖の天然ガス田、世界有数の漁礁、牧畜に適した温暖な気候等、サブ・サハラ・アフリカ諸国の中でも高い潜在力を有しており、自由で開かれた経済体制作りをめざしている。  

日本の援助実績
 (1)有償資金協力(2006年までの累計) 100.91億円、(2)無償資金協力(2006年までの累計) 64.45億円、(3)技術協力(2006年までの累計) 20.67億円、  日本の対ナミビア国貿易:(イ)貿易額(2007年:財務省貿易統計)、輸出 12.84億円、輸入 46.82億円、(ロ)主要品目、輸出 自動車・部品、電気機器、輸入 生鮮魚、かに・エビ等の水産物、亜鉛。






32. ザンビア共和国(英)
首都:ルサカ。人口:1294万人。面積:日本の2倍。 住民:73部族(トンガ系、ニャンジァ系、ベンバ系、ルンダ系。  言語:英語(公用語)、ベンバ語、ニャンジァ語、トンガ語。  宗教:8割近くはキリスト教、その他 イスラム教、ヒンドゥー教、伝統宗教。 南部アフリカの内陸国で海がない。観光の目玉は世界三大瀑布の一つ「ヴィクトリアの滝」があること。  主要産業:農業(とうもろこし、たばこ、落花生、綿花、コーヒー等)、銅鉱業・加工、建設、食品、飲料、化学品、繊維、観光。 銅に依存の経済は不振。 主食はトウモロコシの粉から作ったシマとそれにかけるスープとサラダである。  経済概況:(1)独立以来、銅の生産に依存するモノカルチャー経済(銅が輸出額の約6割を占める)である。他方、銅の生産量と国際価格の変動がザンビア経済に大きな影響を与えるため、農業や観光等を中心とした産業構造改革を最優先の政策の一つとして掲げている。(2)2005年4月、世銀及びIMF理事会にてザンビアの重債務貧困国スキーム(HIPIC)完了点到達が承認され、ドナー各国及び機関が債務救済を行い、対外債務は著しく減少した。 1970年から協力隊員が派遣されている。生活は悪。特に、エイズの感染率が高く、国民5人に1人がエイズに感染し、絶対的貧困が患者を解決のない苦境に追い詰めている。 マブト村での住民の感染率は30%で、南部アフリカのエイズ問題の現状を凝縮している。2.000年の沖縄サミットで日本は5年間で総額30億ドル(約3500億円)のエイズ感染症対策支援を表明し、首都ルサカの大学教育病院ウイルス研究所で、エイズ検査技師の育成事業を実施している。

 「参考」 全世界の感染者4000万人の内、サハラ砂漠以南のアフリカの住民、2810万人が感染(70%)。
 
2002年5月の現地ルポタージュ「エイズ現状を取材するため首都ルサカの郊外で見た墓地の光景が忘れられない」。案内人の説明では「毎月2000人が埋められています。数年前の三倍以上です」と。墓地は雑茂る野原だった。風雨の下、墓の命さえ短い。 エイズは死の記憶すら消し去っていくのか。 発症を抑制する新薬のおかげで先進国では死亡者が激減していっるが薬の買えない貧困地帯では難病とみなされている。 

中国は4億2000万ユーロ(約550億円)の投資を行い、集約農業、商業の基盤作りおよび、石炭、および鉱山(銅、コバルト)の開発、生産を促進し,中国は一部の鉱山の資産を直接投資で獲得した。近年、国民の反中国感情が高まっている。
 2007年現在の中国人の数は4万人。 年々増加している。  

日本の援助実績
(2008年度までの累計)(単位 億円)(2009 ODAデータブック)、(1)有償資金協力 550.08(2008年 55.11)、(2)無償資金協力 984.69(2008年 21.39)、(3)技術協力実績 472.98(2008年 21.97)。

          




33. ジンバブエ共和国(英)
首都:ハラレ。人口:1.246万人。面積:日本とほぼ同じ。 住民:ショナ族、ンデベレ族、白人 言語:英語、ショナ語、ンデベレ語。 宗教:キリスト教、土着の伝統宗教。  主要産業:(農)たばこ、綿花、(鉱)プラチナ、クローム、アスベスト、ニッケル、金。 特に、農業は綿花への依存が高い。 南アからの経済的自立をめざす。生活は普通以下。2002年5月2日、ムガベ大統領は干ばつのため食糧難の「災害状態」を宣言した。人口の半分、780万人の支援が國際社会に必要と訴える。しかし、真の理由は、黒人による白人の農園の土地占拠が原因の一つと指摘さ(世界食料機構)、2002年3月の大統領選挙の際の不公正を批判する国際社会から孤立している。同国のムガベ大統領は20022年8月13日、コンゴ紛争をめぐってジンバブエはアンゴラ、ナミビアと共にコンゴ政府を支援するため軍事介入していたが、1万人以上にのぼるジンバブエ派遣軍の全撤収計画に着手すると述べた。このコンゴ紛争については、ウガンダとルワンダは反政府軍を支援した。コンゴとルワンダは7月末に和平協定に調印している。「ならず者国家」の一つを中国が支援している。   経済概況: 1990年代後半以降、脆弱なガバナンスと経済政策の失敗により、インフレ、失業、貧困等が続いていたが、2008年の大統領選挙を巡る混乱と過度の紙幣発行によるハイパーインフレーションによって、経済は完全崩壊した。2009年1月、政府は複数外貨制(米ドル、南ア・ランド)を導入し、また同年2月に成立した包括的政府のもとで、中央銀行の準財政活動等抑止、現金予算編成に取り組んだ結果、極度の経済混乱は収束し、同年のGDP成長率は5.1%を達成し、2010年は4.8%の成長を見込んでいる(政府発表)。  

中国は3億9000万ユーロ(約510億円)の援助を与え、農業、建設、武器(小火器)製造業を振興し、綿花、煙草の生産の促進し、中国への輸出を行っている。中国の友好国。


日本の援助実績
(2009年度までの累計)(単位:億円)、(1)有償資金協力 380.65億円(2009年度なし)、(2)無償資金協力 533.04億円(2009年度15.28億円)、(3)技術協力実績 161.03億円(2008年度1.6億円)。




34. 南アフリカ共和国(英)
首都:プレトリア。人口:4.932万人。 面積:日本の3.2倍。 住民:黒人、白人、カラード、アジア系。 言語:英語、アフリカーンス語、バンツー諸語(ズールー語、ソト語ほか)の合計11が公用語。 宗教:キリスト教(人口の約80%)、ヒンズー教、イスラム教。  主要産業:(農)畜業、とうもろこし、柑橘類、その他の果物、小麦、砂糖、羊毛、皮革類、(鉱)金、ダイヤモンド、プラチナ、ウラン、鉄鉱石、石炭、銅、クロム、マンガン、石綿、(工)食品、製鉄、化学、繊維、自動車。  
経済概況:(1)南アフリカは、サブサハラ・アフリカの全GNPの約3割を占め、アフリカ経済を牽引している。南ア経済は、19世紀後半にダイヤモンド、金が発見されて以降、鉱業主導で成長し、これによって蓄積された資本を原資として製造業及び金融業が発展していたが、近年ではかつての主力産業であった鉱業(1990年の対GDP比9.7%)の比率が減少を続けている一方、金融保険(1990年の対GDP比は14.5%)の割合が拡大している。2006年のGDP部門別内訳は、農業2.7%、鉱工業30.9%、サービス業66.4%であり、先進国同様、南ア経済は第三次産業の割合が高くなっているが、貿易構造は、鉱物資源輸出への依存が依然として高い。なお、輸入では先進国からの機械類の比率が高い。(2)1997-1998年には内需の縮小と世界経済の低迷の影響から南ア経済は停滞したが、1999年に入ると景気は回復し始めた。しかし、2002年以降、南ア経済は高金利とランド高に苦しみ、成長率は鈍化傾向を示した。南ア準備銀行は2003年に5.5%の利下げを実施し、プライムレートも11%まで下落したが、ランド高(1ドル=6~7ランド)は是正されず、輸出産業の業績悪化により、2003年の経済成長率は、前年の3.6%を大きく下回る1.9%(1998年(0.8%)以降で最低の伸び)まで落ち込んだ。しかし、景気の低迷は、2003年第2四半期で底を打ち、その後金融政策の大幅な緩和もあり、内需が回復し、2007年の経済成長率は、5.1%となっている。(3)南アは、1996年に金融政策・貿易の自由化、財政の健在化、諸規制の撤廃を掲げたマクロ経済戦略「成長・雇用・再分配(GEAR)」を策定し、以後、自由化による経済成長路線を歩んでいる。他方、失業は依然として大きな社会問題となっており、1997年の21%以降、20%を越える高い水準で推移している(2006年は25.5%)。(4)2009年5月に就任したズマ新大統領は、同年6月の議会で行った施政方針演説において、経済成長の加速化を含む中期優先課題を掲げた。

1991年2月1日、、デクラーク大統領は同年中にアパルトヘイト(人種隔離政策)を撤廃すると共に、「新生南アフリカ国家宣言書」を発表した。一人当たりのGNPは2530弗(アフリカ諸国の中で最高)。貧富の差が極端。 南アフリカ次のような多くの問題を抱えている。
 1.長年被差別者として体制から阻害され続けてきた黒人の生活環境の改善。
 2.アパルトヘイトにより徹底的に破壊された黒人の伝統的社会秩序・生産技術・精神的秩序の回復と発展。 特に、アパルトヘイトの最   大の基盤であった土地の人種別所有は黒人の伝統的農業体系を完全に崩壊させた。農村共同体の崩壊は耕作技術の消滅を始め、  先祖からの知識、智慧の伝承、社会的規範なども喪失させた。 
 3.南アフリカの自立を図るには読み書きのできない膨大な数に対する教育制度の整備。 このことは、かっては無文字社会であったアフ  リカでは、人々は口承技術の発展を通して知  識と情報の伝達を行なってきたが、資本主義経済が普遍した今日の南アフリカでは文  盲は致命的である。 南アフリカの黒人の「自立」について各種のNGOが模索し、試行錯誤  を続けている。
 4 .1990年以降、エイズの蔓延が急速で、成人の感染者は世界最大の500万人におよぶ。エイズの治療薬は毎月、約5000ランド(邦貨   で約6万円)かかり、人口の80%を占める黒人の  平均月収の3000ランドでは購入できない。ミルクを買えない母親の母乳で育つ新  生児の7万~10万人が毎年エイズに感染する。このエイズの蔓延は「音のない戦争」といわれる。

002年8月26日から9月4日までヨハネスブルグで「持続可能な開発に関する世界首脳会議」(環境サミット)が開催される。「世界連帯基金」の設立を図ることになる。この連帯基金によりアフリカ全土における社会インフラの整、貧困者の生活改善、即ち、識学率のアップ、衛星環境の改善、および食料の安定確保が図られる。  

中国は36億ドル(約3600億円)の銀行融資を行い、商業、製造業、銀行業務を助け、また鉄鉱石およびプラチナの生産の促進を図っている。2007年現在、中国人の数は約30万人に達し、中国人の一大コミュニテイを擁している。


日本の援助実績(2008年度までの累計実績)、(1)有償資金協力 201.45億円、2)無償資金協力 129.65億円、(3)技術協力 76.35億円。日本の自動車メーカが現地生産を行っている。  

  


    
                   ダーアンのナタール湾のヨットハーバー

           
               ケープタウン 




35. レソト王国(英)

 首都:マセル。人口:205万人。面積:日本の7.9パーセント()九州の約0.7倍)。 住民:パソト族。 言語:英語(公用語)、ソト語。 宗教;大部分がキリスト教南アに囲まれた山岳国。 主 要産業:農業(メイズ、ソルガム、小麦)、牧畜業。 
 経済概況:
 レソトは後開発途上国(LDC)の一つであり、旱魃等により慢性的な食糧不足に悩んでいる。同国の主産業は製造業(繊維産業)、農業(メイズ、小麦、サトウモロコシ)、建設業。 わずかながらダイヤモンド等の鉱物資源も産出する。 南ア鉱山への出稼ぎ労働者の収入がレソト経済の重要な収入源となっているが、近年は減少傾向。また、通貨ロチが南ア・ランドとペッグされていることによるインフレ対策が喫緊の課題。HIV/AIDS問題(成人感染率23.2%)も深刻。 
 製造業では南アや米国向けの衣類や靴(輸出の約70%を占める)が主力製品。米国のアフリカ成長機会法(AGOA)の恩恵を受け、繊維産業は急成長を遂げたが、2005年1月1日、WTO多国間繊維協定が終結し、アジア系企業の米国への直接輸出が可能となると、レソトに進出していた台湾や中国系企業は相次いで撤退、レソト経済は大打撃を受けた。 水資源や水力発電による電力を南アに供給する河川開発計画「レソト・ハイランド・ウォーター・プロジェクト」は、建設業を始めとする経済を牽引。 同プロジェクトは、1986年にレソト・南ア政府が共同建設及び南アへの水資源の輸出等に係る協定を締結したことにより開始され、現在は4フェーズ中フェーズ1が終了した所である。現時点での南アへの輸出は水資源が主であるが、フェーズ2以降は電力輸出が本格化する予定。  レソトは南ア、ボツワナ、ナミビア、スワジランドと共に「南部アフリカ関税同盟」(SACU)を形成している。 これらの国々は、レソトの貿易主要相手国であり(総輸入先の約73%がSACU(2004年))、また、SACUからの交付金収入はレソト財政収入の約50%を占めている。生活は悪。 

 中国の進出により安価な日用雑貨製品の小売店が増加し、また直接投資によりで繊維工場を入手して大々的な生産を始めた。
   4

 日本政府は食料援助および学校建設を含む有償資金援助および技術援助を行っている。ちなみに、平成22年度では中学校建設・施設改善計画、太陽光利用のクリーン・エネルギ導入計画、および食料援助(WFP連携)を実施した。
 日本の援助実績(2008年度までの累計) (1)有償資金協力 なし、(2)無償資金協力 86.91億円、(3)技術協力実績 9.10億円。




36. スワジランド王国(英)
首都:ムババネ。人口:117万人。 面積:日本の4.5パーセント(四国よりやや小さい)。 住民スワジ族、ズールー族、トンガ族、シャンガーン族。言語:英語、シスワティ語。宗教:原始宗教、キリスト教。   主要産業:農業(砂糖、木材、柑橘類)、鉱業(石炭、アスベスト)。経済は南アに依存。 王制。生活は劣悪。   経済概況: 肥沃な土地、温暖な気候、水、鉱物資源等の好条件に恵まれると共に、国土の三方を接する南アフリカとの密接な経済的結びつきが経済的発展の基礎となっている。また、南部アフリカ関税同盟(SACU)、南部アフリカ開発共同体(SADC)、東部南部アフリカ共同市場(COMESA)に加盟し、ナミビア、レソト等と共に南アフリカの共通通貨圏(ランド圏)に所属。 主産業は農林業と農業関連産業。近年は砂糖等の農作物を原料とした飲料産業や、米国のアフリカ成長機会法(AGOA)の恩恵を受けるアパレル産業の成長が著しい。 また、近年旱魃による食糧危機が頻発しており、エイズの影響による生産者の減少が状況を悪化させている。  日本の援助実績(2008年度までの累計)、(1)有償資金協力 なし、(2)無償資金協力 86.91億円、(3)技術協力実績 9.10億円。

       

                  


37. モザンビーク共和国(ポ) (社会主義に固執)

 首都:マブト。人口:2.289万人。面積:日本の2.1倍。住民:マクア・ロムウェ族など43部族。言語:ポルトガル語、ほか。宗教キリスト教(41%)、イスラム教(17.8%)、原始宗教。  主要産業:(農林)とうもろこし、砂糖、カシューナッツ、綿花、たばこ、、丸太・木材、(漁)エビ、(工鉱)アルミ、石炭、天然ガス。 旱魃とゲリラによる破壊が甚大。経済破綻。住民の流出および国内難民多数。 幼児に死亡率は世界最高。  
.
 経済概況:(1)内戦後の和平の進展にともない、1990年代後半には平和の定着とともに毎年6%前後の経済成長を遂げ、南ア等からの投資も活発化し、アルミ精練、マプト回廊計画、ベイラ回廊計画などの大規模プロジェクトが実施されている。 (2)2000年、2001年と連続した洪水災害により経済は打撃を受けたが、2001年後半には、復興のためのインフラ修復事業や好調な外国直接投資を背景に回復基調を取り戻し、現在では年7~8%の経済成長を遂げている。日本政府は有償資金協力および技術協力で、食料援助、中学校建設、村落環境整備、保健人材養成、マラリヤ対策などを実施している。 
2008年、中国は21億8000億ユーロ(約2800億円)の援助を行い、木材、鉱山、建設および水力発電ダムの建設を請け負った。     

日本の援助実績(単位 億円)、(1)円借款(2008年度まで、ENベース)32.82億円、(2)無償資金協力(2008年度まで、ENベース)808.32億円、(3)技術協力実績(2008年度まで、JICAベース)85.64億円。

          

        




38.. マダガスカル民主共和国(仏)
 

 東アフリカのアフリカの沖合い400km、インド洋に浮かぶマダガスカル島を領土とする共和制国家。 マダガスカル島は長さ約1,570km、最大幅約580kmで世界第4位の大きさを持つ島である  首都:アンタナナリポ。 人口:980万人。 面積:日本の1.6倍。 住民:マレー系、メリナ族、ペツイレオ族。 言語:マダガスカル語、フランス語。 1960年、フランスから独立ン。1500年以上前、インドネシアやマレーシアから移住してきたアジア人の子孫が少なくない。そしてアジアとアフリカの血がまざり、さまざまな種族が生まれた。18の部族があり、最大の部族はマレー系、メリナ(高地の人の意味)族。 公用語はマダカスカル語、フランス語が準公用語。 宗教はイスラム教とキリスト教。首都の人口は100万人。農耕可能な土地は島の僅か10%。常に食料不足に悩み、乱伐で森林が破壊され、野生動物が急激に減っている。アジア系住民に対する暴動が頻発。 

 経済は
農業が主産業で、国民全体の約80%が農業に従事している。90年代半ばより国営企業民営化、投資法改正、貿易自由化等の自由化政策により、97年以降一定の経済成長を遂げた。また米国のアフリカ永長機会法(AGOA)によって繊維産業の輸出が急速に拡大した。しかし、2002年前半の政治危機が悪影響を及ぼし、経済成長率が-12.7%を記録した。現在国内外からの投資奨励、農民・小規模企業家に対する金融システム確立等を発表し、経済再建に務めている。 中国は3ヶ所で石油の採掘権を取得している。

     
   
                 
ンタナナビルの市街


                  

     


39. モーリシャス(仏)


 マダカスカルの東の沖合い、東アフリカインド洋上に浮かぶ島国首都:ポートルイス。人口:130万人。面積:日本の0.5パーセント(ほぼ東京都の広さ)。住民:インド系、クレオール系が大部分。その他フランス系、中国系など。言語:英語(公用語)、仏語、クレオール語。  

 主要産業
:EPZ(輸出貿易地区)における繊維工業等、金融業、観光。 観光と漁業に依存。生活は普通。  経済概況: 2006年より経済構造調整改革を進めており、従来の伝統的産業である砂糖生産、繊維産業及び観光産業に頼る経済からの脱皮を図るため、IT産業など新分野への投資を積極的に進めている。また、外国直接投資の誘致に熱心であり、積極的に投資協定の締結に取り組んでいるほか、2008年世銀Doing businessランキングはアフリカで第1位となっており、投資環境は非常に良好と言える。 なお、モーリシャスは、エネルギー及び食糧等主要生活物資の大部分を輸入に頼っている。2009年、モーリシャスの主要産業である観光、繊維業、砂糖生産業は、世界経済危機の打撃を受け、貿易収支の赤字幅は拡大(対前年比31.46%)したが、経済成長率はプラス(2.07%)を維持した。   日本の援助実績(2008年度までの累計、単位:億円)、(1)有償資金協力(EN(交換公文)ベース) 91.34、2)無償資金協力(ENベース) 57.34、(3)技術協力実績(JICAベース) 45.99。

              
    




40. コモロ・イスラム連邦共和国(仏)

 香料の宝島  アフリカ大陸とマダガスカルの間、インド洋のコモロ諸島のグランドコモロ島、、アンジュアン島、モヘリ島で構成される連邦イスラム共和国。 コモロ政府はフランス領マヨット島の領有権も主張している。  。1975年7月、、フランスから独立。頻繁にクーデタが発生。、世界最貧国の1つであり、度重なる政治危機から経済復興も極めて困難な状況にある。  美しいビーチで知られる観光業の盛んな同国であるが、独立以来、中央政府とその周辺の島々との間では緊張関係が続いている。  近海ではたびたびシーラカンスが捕獲される。
面積:2,236平方キロメートル(ほぼ東京都大、仏領マイヨット島を除くと1,862平方キロメートル)。 人口(世銀):64万人(2008年)。.首都モロニ。 民族:バントウ系黒人を主流にアラブ人、マダガスカル人、インド人等。 言語:フランス語・アラビア語(公用語)、コモロ語(スワヒリ語に近い)。 宗教:イスラム教。  主要産業:漁業や農業で、バニラ、クローブ、イラン・イラン(香水用精油)や香水の原料などを輸出しているほか、フランスやマダガスカルに15~20万人の労働者が出稼ぎに出ており、これら出稼ぎ者からの送金もコモロの経済を大きく支えている。  経済概況:気候条件に左右されやすい主要産物であるバニラ等商品作物の価格下落、孤立した地理的条件、石油製品価格の暴騰、火山噴火の悪影響、国内需要が不十分なこと等が、コモロ経済の成長、発展を制約。 他の小島嶼国の主要産業となっている漁業、海運業は未発達。  .日本の援助実績(単位:億円):(1)有償資金協力(2008年度まで、EN(交換公文)ベース) なし、(2)無償資金協力(2008年度まで、ENベース) 64.66億円、(3)技術協力実績(2008年度まで、JICAベース) 7.03億円。 対日貿易額(2009年、JETRO)輸出 0.02億円、輸入 5.7億円。 主要品目:輸出 イラン・イラン(香水用精油)、輸入 貨物自動車、乗用自動車、自動車部品。  文化関係:シーラカンス学術調査隊(民間ベース)及び、鳥羽水族館が数回にわたりコモロ近海で調査活動を展開。上記調査隊は、コモロ政府の協力により5体の標本を持ち帰るとともに、1986年8月にはシーラカンスの水中撮影に成功した。

             
           コロモの村落



41. 
セーシェル共和国(英)

 見事な自然との調和、観光客が増大
アフリカ大陸からから1,300kmほど離れたインド洋に浮かぶ115の島々からなる国家 首都:ビクトリア(マヘ島) 。人口:約88万人(2009年、世銀)。面積:日本の0.07パーセント(まとめて種子島大)。 住民:クレオール(ヨーロッパ人とアフリカ人の混血)が多数。言語:英語、フランス語、クレオール語。宗教:キリスト教(約90%)。 主要産業;観光業、漁業(まぐろ)、農業(ココナツ、シナモン、バニラ)。 

 経済概況:(1)セーシェル経済は観光業に依存。また、漁業も大きな外貨収入源となっており、同国経済多角化の柱となっている。国際収支の赤字、多重対外債務といった課題を解決するため、2008年10月、債務再編、変動相場制への移行等を含む包括的な経済改革計画を発表した。(2)2004年7月、SADC(南部アフリカ開発共同体)とIOR(環インド洋地域協力連合)から、財政事情を背景に脱退したが、近年の財政事情改善に伴い、SADCについては、2008年8月に再加盟した。  かって米ソに基地を提供。観光に依存。生活は良好。  日本の援助実績(2008年度までの累計)(単位 億円)。(1)有償資金協力(2008年度まで、E/Nベース)なし、(2)無償資金協力(2008年度まで、E/Nベース)40.44、(3)技術協力(2008年度まで、JICAベース)13.47。


  

            

   樹木は人工の植林でなく、一切自生のままにまかせている。




42.. マラウイ共和国(英)
 

 首都:リロングエ。人口:1.485万人。南部アフリカの小国。面積:日本の32パーセント(北海道と九州をあわせた面積)。住民:バンツー系(主要部族はチェワ族、トゥンブーカ族、ンゴニ族、ヤオ族)。言語:チェワ語、英語(以上公用語)、各部族語。宗教:人口の約75%がキリスト教(その他イスラム教、伝統宗教)。   

 経済概況
:マラウイは伝統的な農業国であり、労働人口の約80%が農業及び農業関連事業に従事している。タバコ、紅茶、砂糖等の農産物が全輸出の8割を占めており、これら農産物価格の国際市況に外貨収支が大きく左右されるため、経済基盤は脆弱である。安定した食糧確保は、マラウイ経済の課題となっている。主要産業:(農)たばこ、メイズ、茶、綿花、ナッツ、コーヒー、(工)繊維、石鹸、製靴、砂糖、ビール、マッチ、セメント。 長期独裁政権。民族対立激化。 2000以来、2年続きの不作で主食のメイズ(玉蜀黍)備蓄が底をつき、国連世界食料計画(WFP)は320万人が深刻な食糧危機の影響を受けると推測している(200年6月)。原因は天災だけではなく、マラウイ政府が豊作時に備蓄していた16万700屯の穀類を管理および経理の杜撰なため全部国外に売却していまっていたことによる。私腹を肥やすための農業大臣らの横流しの疑惑もある。「腐敗と不正が飢饉を早めた」といわれる。このようにアフリカでは先進国が多額な援助をつぎ込みながら、政府の腐敗、内乱により飢饉を深刻化させるという歴史が繰り替えされてきた。 同国に派遣中の保健婦の青年海外協力隊員の報告によれば、衰弱したティーンエイジャーの母親と驚くほどの軽さの低体重児の赤ん坊に接し、声もなかったという。)マラウイ政府の今後の開発課題としては、貧困削減に資する持続的経済成長を達成するための農業分野の生産性の拡大、経済インフラ整備や小規模ビジネスの復興策が求められている。 マラウイ政府の今後の開発課題としては、貧困削減に資する持続的経済成長を達成するための農業分野の生産性の拡大、経済インフラ整備や小規模ビジネスの復興策が求められている。    日本の援助実績(2008年度まで累計)(単位:億円)、(1)有償資金協力 331.49(2008年度 なし)、(2)無償資金協力 548.12(2008年度 20.03億円)、(3)技術協力実績 313.52(2008年度 14.88億円)。



43. .タンザニア連合共和国(獨)
 

首都:ダルエスサラーム。人口:4.248万人。面積:日本の2.5倍。住民:スクマ族、イラク族。言語:スワヒリ語、英語。東アフリカの中央部に位置し、東はインド洋に面する。国土の大部分が標高1000m以上の高原。住民:スクマ族、マコンデ族、チャガ族、ハヤ族等(約130)。言語:スワヒリ語(国語)、英語(公用語)。宗教:イスラム教(約40%)、キリスト教(約40%)、土着宗教(約20%)。 主要産業:農業:GDPの約3割。農業従事者は労働人口の約8割(コーヒー、サイザル麻、茶、綿花、カシューナッツ、タバコ、グローブ、トウモロコシ、キャッサバ等)鉱工業:GDPの約2割。(農産物加工業(砂糖、ビール等)、ダイヤモンド、金、セメント、石油精製、製靴、アパレル、木製品、肥料等)サービス業:GDPの約5割。(観光業等)。 政治は共和制で、国家元首は大統領。タンザニア革命党による一党制で、現在経済を資本主義化。 血族結婚による障害児が多い。アフリカ最高峰のキリマンジェロ山やビクトリア湖で有名。また人類進化の舞台と言われ、歴史的遺産の宝庫でもある。 JICA(国際協力事業団)のタンザニア事務局に日本人の協力隊員が多数活躍。   日本の援助実績(2008年度までの累計)(単位 億円)、(1)有償資金協力(2008年度まで、E/Nベース)334.84(債務免除:約757.87)、(2)無償資金協力(2008年度まで、E/Nベース)1,458.34、(3)技術協力実績(2008年度まで、JICAベース)650.45。

               
 
         

                  
                      サバナ地帯

  


44.. ブルンジ共和国(英)

 首都:ブジュンブラ。人口:850万人。面積:日本の7.4パーセント。住民:フツ族、ツチ族。言語:仏語(公用語)、キルンジ語(公用語)。宗教:カトリック65%、プロテスタント10%、伝統的宗教23%。  主要産業:農業(コーヒー、茶等)。ルワンダと共に、人口密度の最も高い国である。虐殺事件多発。自然の景観。生活は最悪。 労働人口の90%以上、GDPの50%以上を第一次産業が占めており、1993年までは食糧の自給が行われていたが、内戦勃発以降は食糧援助に頼っている。資源の乏しい国土に高密度の人口(1平方キロメートル当たり230人、サブサハラ・アフリカの平均値は21.9人)を抱える内陸国という地理的制約もある。主要な輸出産品はコーヒー(殆どが高品質のアラビカ)及び茶であり、それぞれ輸出総額の72%及び16%を占めている(2005年)。  経済概況:一次産品市況の低迷等により経済開発が進まず、経済成長は伸び悩んでいる。1980年代後半には構造調整計画を実施し、農業生産力の強化を中心に産業基盤及び運輸施設の整備を推進した結果、GDP実質成長率は向上したが、1990年代は政情不安による構造調整計画の放棄、1996年の近隣諸国による経済制裁のため、再びマイナス成長に陥り、その後も低迷している。 政府は2000年の和平合意以後、先進諸国による本格的な援助再開を期待しつつ、2001-2003年の平均GDP成長率3.5%達成を目標と設定し、2002年2月、世銀・IMF主導の下、貧困削減戦略文書暫定版(PRSP-i)を完成させ、マクロ経済の安定、貧困削減と経済成長といった課題に取り組んでいる。2005年7月にHIPCイニシアティブの決定時点が承認され、2006年、貧困削減戦略文書完全版(F-PRSP)を策定した。2007年には、東アフリカ共同体(EAC)への加盟し、東アフリカ諸国との関係強化を進めている。日本は1992年3月 青年海外協力隊派遣取極を決定した。  日本の援助実績、(1)有償資金協力(2008年度まで、ENベース) 33.00億円、(2)無償資金協力(2008年度まで、ENベース) 182.36億円、(3)技術協力実績(2008年度まで、JICAベース) 14.96億円。
 
          


45. ルワンダ共和国(英

 アフリカ中部にある内陸の共和国。温暖な気候と美しい風光に恵まれ、かっては「アフリカのスイス」と呼ばれていた。
首都:キガリ。人工:1.030万人。 面積:日本の6.9パーセント。 住民:フツ族、ツチ族。 言語:キニアルワンダ語、英語、仏語。 宗教:カトリック57%、プロテスタント26%、アドヴェンティスト11%、イスラム教4.6%等。 狩猟採集民のピグミー族も住んでいる。 フツ族ツチ族およびトワ族が居住主要産業:農業(コーヒー、茶等)  

内政:もとは王国であったが、19世紀末よりドイツ領ベルギー委任統治領を経て1962年に独立。国土面積は小さいが人口が多く、人口密度はアフリカで最高。 同国は支配階級であった少数派フツ族と多数派ツチ族の対立。、。1994年の大統領機の撃墜をきかけに凄惨な大虐殺がルワンダ全土に広がった。特に、フツとツチ族の対立が激化。現代アフリカにおいて最大級の民族大虐殺を経験した。 両民族の対立から始まった紛争は、コンゴ民主共和国、タンザニアをはじめとする隣国をも政治的に巻き込んだ。2002年の紛争終結後

経済概況;(1)農林漁業がGDPの40%以上、労働人口の90%を占め、多くの農民が小規模農地を所有。主要作物はコーヒー及び茶(輸出収入の60%)であり、高品質化により国際競争力を強化する政策をとっている。一方で、内陸国のために輸送費が高いという問題も抱える。(2)1980年代は、構造調整計画を実施し経済の再建に努めたが、内戦勃発以降はマイナス成長、特に1994年の大虐殺で更に壊滅的打撃を受けた。その後、農業生産の堅実な回復(1998年には内戦前の水準を回復)、ドナー国からの援助、健全な経済政策により1999年までにGDPは内戦前の水準に回復した。(3)ルワンダ政府は、1996年に「公共投資計画」を、2000年に20年後の経済達成目標を定める「VISION2020」を、2002年には「貧困削減戦略文書完全版(F-PRSP)」を、また、2007年には、第2次世代PRSPとなる経済開発貧困削減戦略(EDPRS)を策定し、これら戦略等を基軸とした経済政策を実施している。2000年12月には、拡大HIPCイニシアティブの決定時点に達し、2005年4月に完了時点に到達している。 (4)カガメ大統領は、汚職対策にも力を入れており、グッドガバナンスの模範国として世銀等からの評価も高い。 同国は主要な外貨収入源であるコーヒーと茶により経済再建を進めるが、依然人口の6割は貧困にあえいでいる。
日本の援助実績
、(1)有償資金協力(2008年度まで、ENベース) 46.49億円、(2)無償資金協力(2008年度まで、ENベース) 318.28億円、(3)技術協力実績(2008年度まで、JICAベース) 49.80億円。

                   
  



46. ウガンダ共和国(英) マウンテンゴリラに出会える国

東アフリカの赤道直下にある内陸国で、英連邦に属する。1962年に独立。中央部に大湖を持ち、国土の美しさから、英国の首相チャーチルは「アフリカの真珠」と評した。
首都:カンバラ。人口:3.165万人。面積:日本の63パーセント(ほぼ本州大)。住民:バガンダ族、ランゴ族、アチョリ族等。言語:英語、スワヒリ語、ルガンダ語。宗教:キリスト教(6割)、伝統宗教(3割)、イスラム教(1割)。 主要産業:(農) 鮮魚、コーヒー、紅茶、綿花、砂糖、タバコ、(鉱) 銅、コバルト、金、(工) 繊維、セメント、、醸造。  経済概況:独立以来、度重なる内乱により1980年代後半まで経済は混乱したが、1987年以降世界銀行・IMFの支援を得て構造調整政策を積極的に推進し、マクロ経済が安定し、サハラ以南アフリカにおいて最も成長率の高い国の一つとなった。包括的な国家開発計画である貧困撲滅行動計画(PEAP)の第1次改訂版(2000年)は、世界銀行・IMFから世界最初の貧困削減戦略文書(PRSP)として認定され、2000年3月に他国に先駆けて重債務貧困国(HIPC)イニシアティブに基づく債務削減が行われた。2004年には第3次PEAPを策定し、特に農産物を中心とした輸出産品の多様化、付加価値の付与を優先課題として貧困削減に向けた一層の努力を行ってきた。2010年4月に成長と雇用創出に一層重点を置いた5か年国家開発計画(NDP)を発表し、2010/11年度から実施する予定。 2008年央以降は国際食糧・原油価格の高騰をきっかけとしてインフレ率が上昇、世界的景気後退による影響はあるが、経済は堅調に推移している。  中国の経済援助で鉄道網が整備され、直接投資でその資産を中国が獲得した。  

日本の援助実績
、(1)有償資金協力(2008年度までの累積、ENベース)195.4、(2)無償資金協力(2008年度までの累積、ENベース)456.24、(3)技術協力実績(2008年度までの累積、JICAベース)144.22億円。  
 



47. .ケニア共和国(英)
首都:ナイロビ。人口:万人。面積:日本の1.5倍。住民:キクユ人、ルヒヤ人、カレンジン人、ルオ人等。言語:英語、スワリヒ語。宗教:伝統宗教、キリスト教、イスラム教。 主要産業:(農)コーヒー、紅茶、園芸作物、サイザル麻、綿花、とうもろこし、除虫菊、(工)食品加工、ビール、タバコ、セメント、石油製品、砂糖、(鉱)ソーダ灰、ほたる石。 インド洋に面し、国の中央を赤道が通っている。ケニアはアフリカの中で近代化している国の一つで、日本との関係も深い。コーヒーと観光が柱。軽工業に注力。「野生の王国」国立公園、動物保護地区多数。 国民生活は普通。 比較的工業化が進んでいるものの、コーヒー、茶、園芸作物などの農産物生産を中心とする農業国。農業がGDPの約25%、労働人口の約60%を占める。1990年代後半、旱魃及びエルニーニョ現象による大雨のため農作物やインフラに深刻な被害が生じ、治安の悪化もあって、2000年にはマイナス成長となったが、2003年以降は好調な経済成長を記録した(2005年は5.8%、2006年は6.1%、2007年は7.0%)。他方、2008年以降の経済状況は、2007年末の大統領選挙後の混乱、国内避難民の発生、干ばつ、世界金融経済危機が農業、観光を始めとする各種産業に大きな打撃を与え、2008年の経済成長率は1.7%にとどまった。その後、観光業、建設業を牽引役に、経済は徐々に回復基調を見せている(2009年の成長率は3.0%)。 2008年6月、ケニア政府は2030年には中所得国入りを目指す長期経済開発戦略「ビジョン2030」、及び同戦略の第一次5ヵ年中期計画を公表した。右戦略を軸に、1) 2030年までに毎年平均経済成長率10%以上の達成、2) 公平な社会発展と清潔で安全な環境社会整備、3) 民主的政治システムの持続を目指すとしている。日本は1966年 青年海外協力隊派遣取極、1984年 同取極一部改正、2004年 技術協力協定を行った。  日本の援助実績(2008年までの累積)(1)有償資金協力 2,157.18億円(2008年度まで、E/Nベース)、(2)無償資金協力 1,024.55億円(2008年度まで、E/Nベース)、(3)技術協力 908.01億円(2008年度まで、JICAベー

                     

          
                サバンナの夕焼け




48. ソマリア民主共和国(英)
    2012年、21年振りに統一政府が樹立され「ソマリア連邦共和国」となる。

  ソマリアは1960年にイギリスとイタリアから独立。地形から「アフリカの角」と呼ばれる大陸東端の半島にある国。国土の殆どが乾燥した高原。 首都:モガディシュ。人口:895万人。面積:日本の1.8倍。住民:ソマリ族。言語:公用語:ソマリ語、アラビア語、第二公用語:英語、イタリア語。 宗教:イスラム教。 主要産業:畜産業(ラクダ、羊、山羊、牛等)、農業(ソルガム、メイズ、米、豆、ゴマ等)。 石油、天然ガス、銅、ポーキサイト、ウランの埋蔵量が豊富。  .

内政::
1969年のクーデターにより政権を掌握していたバレ政権が、1991年に崩壊して以来、ソマリアは、全土を実効的に支配する政府が存在しない状態に陥った。 劣悪な治安状況の下、大量の難民及び国内避難民が発生し、また干ばつの深刻化等により、食糧不足が悪化する等、重大な人道危機が生じている。 1992年以降、停戦監視及び被災民援助活動の支援のために国連ソマリア活動(UNOSOM: United Nations Operation in Somalia)が設立され、更に米を中心とする統一タスクフォース(UNITAF: Unified Task Force)の活動が開始されたが、武装勢力の激しい抵抗を受け、1995年3月には完全撤退を余儀なくされた。 

 2005年には、周辺関係国の仲介により、ケニアにおいて暫定連邦「政府」(TFG: Transitional Federal Government)が樹立した。新設されたTFG議会でユスフTFG初代「大統領」が選出され、TFGの拠点はケニアからソマリア国内に移されたが、TFGに反対する勢力の抵抗は継続した。 2008年8月、TFGは、反TFG勢力の穏健派との間で停戦等を内容とする「ジブチ合意」に署名した。国際社会は、アフリカ連合ソマリア・ミッション(AMISOM: African Union Mision in Somalia。2007年~)の派遣や様々な援助を通じ、シェイク・シャリフ「大統領」(2009年1月~)による和平プロセスを後押ししているが、和平プロセスへの参加を拒むアル・シャバーブ等の反TFG武装勢力は激しく抵抗しており、ソマリアでは不安定な情勢が続いている。 上記のような長年の紛争状態の継続、及びTFGの実効支配地域が極めて限定的であることにより、ソマリアはソマリア沖・アデン湾で発生している海賊の温床ともなっている

 2013年月7日、ソマリア南部にある首都モガディシュの中心部で37名が死亡した爆弾テロが発生。国境なき医師団 (MSF)に対する襲撃、現地人スタッフの拉致および16名の殺害があり、8月15日にソマリアからの撤退を公表した。世界で最悪の紛争地であることを表している。

 2014年現在、 ソマリア沖・アデン湾での海賊等事案(注)発生件数は,極めて低い水準になった。,これには自衛隊を含む各国部隊による海賊対処活動等が大きく寄与している。 

 他方,海賊を生み出す根本原因の一つであるソマリア国内の貧困や若者の就職難等は未だ解決しておらず,国際社会がその取組を弱めれば,状況は容易に逆転するおそれがある。日本をはじめとする各国は,この地域の海賊対処を国際的に重要な課題と捉え,引き続き事案発生防止に取り組んでいる。

 国連は2015年、同国を「復興途中の脆弱国家」と位置づけた。しかし、2016年現在も、ソマリアはなお世界で最も深刻な紛争地の一つではある。近年活性化してきたイスラム過激派組織(アルシャバーブ)は南部ソマリアの広大な領域を占有しtせいる。他方、脆弱な中央政府はも例年の如汚職の温床になっている。国家の統治力が弱いソマリアでは、氏族の結合力が強く、氏族間の対立が絶えない状態である。2012年に樹立された連邦制の先行きが不透明である。

 経済状況:伝統的に家畜とバナナが主要輸出品目だったが、内戦に加え、主要輸出先である湾岸諸国による家畜輸入禁止措置や、度重なる干ばつの影響により経済は荒廃。2010年現在、緊急に食糧援助を必要とする人口は200万近くに及ぶ。    

1.経済協力概況

 我が国は2012年11月に21年振りにソマリア政府を承認したことを受け、2013年4月、二国間援助の再開を決定した。右を受け当面は、農業、水管理、国際テロ対策分野等における研修事業を実施していく。また、国際機関を通じた支援についても、(1)基礎サービス改善(食糧援助、インフラ支援、水・衛生、教育等)、(2)治安回復(ソマリア警察支援、海賊対策)、(3)経済活性化の三つの分野を中心に支援を2007年から継続して実施している。

2.日本の援助実績

3.主要援助国(2010年 単位:百万ドル)

            

   


49. ジプチ共和国(獨)

ジブチは共和制、大統領制をとる立憲国家である。 首都:ジプチ。 人口:82万人。 面積:日本の6パーセント。 紅海の出口、バベルマンデブ海峡の南にある小国。 住人:ソマリア系イッサ族(50%)、エチオピア系アファール族(37%)。言語:アラビア語、仏語。  主要産業:(運輸)ジブチ鉄道、ジブチ港湾サービス。 エチオピア、ソマリアからの難民で経済はパンク。  1.800人の米兵と2.900人のフランス兵が駐留ししている。   
経済概況:
厳しい自然環境のため国土の大部分で農業未発達。 主な収入源は、ジブチ鉄道による収入、中継貿易、ジブチ港の港湾施設サービス、仏軍、米軍等の駐留による利益。  1991年よりソマリア等周辺諸国からの難民・避難民を受け入れ、うち1996年4月までにエチオピア難民約5万人が帰還したとされるが、依然として1万人以上のソマリア難民、エチオピア難民が存在し同国経済を圧迫。また、経済及び財政建て直しのための緊縮財政を余儀なくされている。 2001年11月、世銀・IMFの主導の下、貧困削減戦略文書暫定版(I-PRSP)が策定され、2004年5月、右文書の完全版(F-PRSP)が策定されている。現在、ジブチ政府は、これらの文書に基づく経済政策を実施している.。   日本の援助実績、(1)有償資金協力(2008年度まで、E/N(交換公文)ベース)0、(2)無償資金協力(2008年度まで、E/Nベース)220.17、(3)技術協力実績(2008年度まで、JICAベース)25.31  対日貿易:イ)貿易額(2009年 単位:円)、輸出 3.9億円、輸入 91.45億円、 (ロ)主要品目、輸出 再輸出品、輸入 自動車、タイヤ。

海上自衛隊の海外基地tの建設
ジプシは紅海のアデン湾に望む航行の要衝で、年間2万隻の船舶が航行し、頻発するソマリアの海賊対策のため各国の艦艇が集結し、自衛隊も「海賊行為の処罰及び海賊行為への対処に関する法律」に基づき、哨戒機2機を派遣している。現在は、米軍部隊の協力を得て活動しているが、平成10年5月2日のジプシと日本政府両国間の合意により、ジブチ国際空港の土地を借りて宿舎や格納庫の整備が行われ、海上自衛隊の海外基地が建設された。自衛隊員および海外協力隊員を含め、500人余の邦人がいる。

平成23年3月10日に発生した日本の東日本大災害に対し、ジプシは日本に対して災害救済義捐金を拠出した。(福沢諭吉が建設した中学校がある)。

            

      ジプチ国際空港(海上自衛隊基地がある)はジプチ港の東南方向にある

  


50. エチオピア連邦民主共和国(独立国)

 首都:アジス・アベバ。人口:7.910万人(2008年:世銀)。住民:オロモ族、アムハラ族、ティグライ族等約80の民族。言語:アムハラ語、英語。宗教:キリスト教、イスラム教他。主要産業:農業(コーヒー、砂糖、大麦等、特に、砂糖の生産が多い)。  
内政:
(1)1974年の軍事クーデターによる王政廃止と社会主義国家建設宣言、その後、メンギスツ臨時軍事行政評議会議長による軍政が続き、この間、ソマリアとの戦争や飢餓の拡大等により、多くの難民が発生した。1987年9月には、国民議会を最高機関とする人民民主共和国に移行し、メンギスツ議長は初代大統領となり、1990年3月、社会主義体制の放棄と混合経済の導入を発表したが、国民の支持を回復することは出来なかった。1991年5月、反政府勢力のエチオピア人民革命民主戦線(EPRDF)の軍事攻勢により、メンギスツ政権は崩壊した。 (2)1991年7月、EPRDFを中核とした暫定政府が樹立され、暫定憲章に従い民族融和と民主化に注力した。一方、北部のエリトリア地方においてはエリトリア人民解放戦線(EPLF)が独自に「臨時政府」を樹立し、EPRDFは「同政府」を承認した。1993年4月に、エリトリア地方の独立に関する住民投票が実施され、99%以上の独立賛成票により、エリトリアは同年5月にエチオピアから独立した。 (3)エチオピア連邦民主共和国政府は、第1回国政選挙(連邦下院選挙及び地方議会選挙)より多数政党制を導入し、民主化を促進している。2000年5月、第2回国政選挙、2005年5月、第3回国政選挙が実施され、与党EPRDFが勝利している。次回の国政選挙は2010年に予定されている。 

経済概況:農業が雇用の約85%、国民総所得(GNI)の約45%を占めている一次産品依存型経済である。主要輸出品はコーヒー、油料種子であり、国際市況や天候に影響を受けやすい環境にある。1974年の社会主義革命後、内戦、計画経済による農業生産意欲の後退、旱魃等により経済は極度に疲弊した。社会主義政権崩壊後、1991年11月に民間セクター重視、政府管理縮小及び統制撤廃、重点的再建分野策定等を原則とする新経済政策「農業開発主導の産業化政策(ADLI)」を策定し、市場経済への移行を開始した。1995年1月には、「開発、平和及び民主主義のための計画(略称「国家開発5カ年計画」)」を策定し、農業生産性の向上、教育、道路、公衆衛生等を重点分野に据え、以降、実質経済成長率は年平均約6%を達成し、インフレ率は5%以下に抑えられた。しかし、1998年に入り、旱魃による農業生産の落ち込みや、コーヒーの国際価格低迷により、GDP成長率がマイナスに転じた。更には、1998年5月に勃発したエリトリアとの国境紛争もエチオピア経済に打撃を加えた。 エチオピア政府は紛争後の経済復興に取り組むべく、エチオピア政府は、「第2次国家開発5カ年計画」(2000年)、貧困削減戦略ペーパー(2002年)を策定し、2003年には「エチオピア新食糧安全保障連合」を設立した。2006年5月、「第3次5カ年国家開発計画」となる「貧困削減計画(PASDEP)」が議会で承認され、食糧安全保障及び貧困削減を最優先課題に据えた。(5)現在、エチオピアのGNI成長率はアフリカの非産油国としては最高水準にあるが、石油価格や食料価格の高騰によりインフレ率も2桁に達している。また、海外で働くエチオピア人からの海外送金が慢性的な貿易赤字による国際収支の不均衡を是正していたが、世界同時不況による雇用の悪化により海外送金が減少傾向にあり、外貨準備高の減少も深刻な状況にある。  
 
「河の盲目病」で失明、死亡者多数。緑地の後退、砂漠化が急ピッチ。農業生産は頻々に起こる旱魃と遅れた耕作技術のため低く、飢饉が頻発する 。国民生活は最悪。 遺跡、観光名所としてはゴンダールの古城、ブルーナイルの滝、ラリベラの地下教会、アクスムタリーの巨大原石の塔など。

 中国は20億ユーロ(約2600億円)の多額の投資を行い、オグデン砂漠で石油を探査し、また水力ダムの建設、高速道路を含む道路網の建設および通信網の建設を行った。 2007年現在の中国人の数は約7000人。  
エチオピヤでは中国と米国が影響力を競い合っている。
.   

日本の援助実績
(単位 億円),(1)有償資金協力(2006年度まで、E/Nベース)37.0, (2)無償資金協力(2006年度まで、E/Nベース)754.52,(3)技術協力実績(2006年度まで、JICAベース)196.8。 





51.スーダン共和国(英)

 首都:ハルツーム。人口:3.915万人。エチオピア高原に発する青ナイルとウガンダのビクトリヤ湖に発する白ナイルのニ大河川が合流するアフリカ最大の国。 面積:日本の約7倍。住民:主として北部にアラブ人、ヌビア人、ヌバ人、フール人、ベジャ人等。 主として南部にディンカ人、ヌエル人、アザンデ人、トポサ人、バリ人等。言語:アラビア語(公用語)、英語(公用語)。 
 主要産業
:原油、農業、林業、畜産業、漁業。 1956年にイギリスとエジプトから独立。ナイル川の中流から上流に位置する。映画「ハルツームのゴードン」の舞台、かっての植民地時代の哀愁に満ちたエキゾチックな香りはもはや一切ない。 南部は内戦で荒廃、西部は飢餓による餓死者続出、そして東部に多数の難民を抱え、この国の荒廃は年々ひどくなっていく。 全土の砂漠化が急ピッチ。20年以上にわたる内戦の末、2011年1月15日、、南部の分離独立の是非を問住人投票が行われた。独立賛成圧倒的多数を占め、アフリカ54番目の独立国になる見通し。 南部独立の余波は未解決の紛争を抱え、約30万人が死亡し、270万人国内難民化したとされるダフール地方を含む西部にも波及している。 巨額の対外累積債務(2009年末で約357億ドル、GDP比約65%)、ダルフール紛争・自然災害等による国内避難民(約120万人)等を抱え、厳しい経済状況。1996年からは、IMF経済修復プログラムを受け入れ、経済再建に努めており、これまでのところプログラムに沿った成果を収めている。また、1999年に産油地帯と紅海を結ぶパイプラインが完成し、石油生産量及び輸出量が急増したことや、湾岸諸国や中国をはじめとするアジア諸国からの投資が伸びたことにより、近年は高い経済成長を記録しているが、世界的な金融危機の影響を受け経済が減速し、2009年の成長率は4.0%に低下。

 この国は1956年の独立以前から、北部のアラブ勢力(人口の約40%)と南部の反政府黒人勢力(人口の約50%)の間で抗争が続いてきた。南部の黒人は約200年前から、トルコ系の奴隷商人と組んだ北部のアラブ人に奴隷として捕えられたた者で、スーダン人民解放軍(SPLA)を組織してゲリラ闘争で抵抗してきた。両者は2002年7月に停戦協定に合意した。しかし、その直後に南部地域で大油田が発見され、スーダン政府は油田地帯から黒人の追い出しを図り、その翌年、再度政府軍とSPLAの間で戦闘が激化した。 その間に政府軍は多数の黒人捕虜を奴隷として北部に連れ去った。このように、奴隷制度の残渣がアフリカでは現在もな存在してる。 ソマリアでも同様で、200年前、アラブの奴隷商人によりモザンビーク、マラウイ、タンザニアから連れて来られたバンツー系の住民が最下層民として社会に組み込まれている。

 中国は100億ユーロ(約1兆3000億円)の援助を行い、特に密接な関係を結び、水力ダムの建設を含む各種のインフラ整備を行っている。 アフリカの中で中国からの軍事援助を最も多く受けている。 それが南部スーダンに対する戦いに使用された。 数百から数千人の農業従事者を含む中国人が4、5万人居住している(中国農民は中国野菜の栽培を行い、同地の中国人に販売している)。中国は過去15年にわたり経済部門に莫大な投資を行い、広大なダル地方の石油の採掘権を取得し、中国が自ら建設した3ケ所の精油所で石油を生産し、同じく中国が敷設した1650kmのパイプラインでポート・スーダン港に送り、中国のタンカーに積み込むという、アフリカで中国の石油産業を総合化した唯一の国である。 スーダンの石油輸出の約70パーセントは中国向けである。  スーダンではまた、多数の像が殺され、その象牙がポート・スーダンから中国に送られている

         
 

日本の援助2008年度までの実績)(1)有償資金協力 105億円(交換公文ベース)、(2)無償資金協力 1,074.92億円(交換公文ベース)、(3)技術協力実績 80.54億円(JICAベース)、(41980年代後半から1990年初頭にかけて国内に著しい人権侵害状況が見られたため、ODA大綱の原則に照らして、199210月以降、緊急かつ人道的性格のものを除き、原則として同国に対する援助を停止した経緯がある。それ以降、日本は国際機関を通じた緊急・人道援助を実施してきたが、それに加え、1999年より草の根・人間の安全保障無償資金協力を同国に導入し、保健医療、難民支援等の活動を行うNGOを通じた支援を行ってきた。
CPA締結後は、国際機関経由の支援に加え、二国間支援も拡大している。また、20054月にオスロで開催されたスーダン支援国会合では、スーダンにおける平和の定着のために当面1億ドルの支援実施を表明し、20082月までに、支援実施表明額を超える約23千万ドルの支援を実施した。更に20085月の第3回スーダン・コンソーシアム会合において、2億ドルの追加支援を表明し、現在までに、約22千万ドル以上の支援を実施。特に20091月南北18万人の元兵士のDDR(武装解除、動員解除、社会復帰)支援として1,600万ドル(約15.75億円)の支援を決定し、同10月には、20104月の総選挙実施支援のため、アフリカの選挙としては過去最大規模となる約1000万ドル(約10.3億円)の支援を決定。最近では、20111月に予定されるスーダン南部住民投票に対し、本年7月に、約817万ドル(約7.68億円)の支援を実施する等CPAの履行支援を積極的に行っている。



52. エリトリア
 
 アフリカで最も若い国. エチオピア北部、紅海に臨む 「アフリカの角」Horn of Africaとよばれるアフリカ大陸の北東部にある国。もと イタリアの植民地で1952年エチオピアに合併されたが、イスラム教徒の独立運動が活発化 、1993年に独立国となった。独立後も隣国エチオピアとは同国の貿易港をめぐって対立。 首都:アスラマ。 人口:470万人(2006年:世銀)。面積:北海道と九州を併せた広さとほぼ同じ)。.民族:ティグライ、アファール族など9民族。 .言語:ティグリニャ語、アラビア語、諸民族語。宗教:キリスト教、イスラム教他。 主要産業:(農)根菜類、ソルガム、豆類、大麦、小麦、(工鉱)金、大理石。 .  

 経済概況
:独立後、30年に及ぶ内戦のため破壊されたインフラの復旧、経済再建に取り組んできた 。1993年5月に世銀が「再建復興計画(RPPE)」を策定し、農業、工業生産部門、社会インフラ整備、人的資源の開発等、総額1億6千万ドルのプロジェクトが提案された。 就業人口の多くが生産性の低い農業、牧畜業に従事している。一方、食糧の7割を輸入ないし援助に依存し、産業別のGDP構成は運輸が3割以上を占め、工業・その他サービス部門を含めると8割以上に達している。 エチオピアとの国境紛争は、難民・避難民の大量発生、紛争地域のインフラ破壊等、エリトリア経済に深刻な影響を及ぼし、世銀は2000年12月にインフラ復旧等経済再建のため約2億8千万ドルの「緊急復興計画」を策定。また、エリトリア政府はエチオピアとの国境紛争により中断していた中・長期経済計画「国家政策概要報告(National Policy Framework Paper」の策定を現在進めている。97年11月に独自通貨ナクファを導入。近年、深刻な干ばつ被害を頻繁に受け、食糧安全保障が重要な課題となっている。 . 日本の援助実績(単位:億円):(1)有償資金協力 なし、(2)無償資金協力(2005年度まで、E/Nベ-ス)82.22億円、(3)技術協力実績(2004年度まで、JICAベース)11.66億円。

     



53.西サハラ(サハラ・アラブ民主共和国)(ス)

世界の50ケ国が正式な外交関係を結ぶ、砂漠の中の亡命政府, 首都:ラユーン(アイウン)。面積25万212平方メートル。人口約50万6千人。住民はアラブ・ベルベル系住民が大半、アラビア語、スペイン語、宗教はイスラム教。 1975年以来、モロッコに軍事占領され、大部分の領地を実行支配され、国連の監視下に置かれていた。1984年らアフリカ統一機構に国家として加盟。世界有数の燐鉱山がある。漁業および養鶏が盛ん。サハラ・アラブ民主共和国はアルジェリア領内の難民キャンプで亡命政府を作っている。.  日本の援助実績 (1)有償資金協力(2006年までの累計) 100.91億円、(2)無償資金協力(2006年までの累計) 64.45億円、(3)技術協力(2006年までの累計) 20.67億円。 日本の援助実績、(1)有償資金協力(2006年までの累計) 100.91億円、(2)無償資金協力(2006年までの累計) 64.45億円、(3)技術協力(2006年までの累計) 20.67億円。

          1884年11月3日 スペインが西サハラの領有を宣言
          1975年11月14日 スペインとモロッコ、モーリタニアがマドリード協定を締結。スペイン撤退後の西サハラ分割について                        密約
          1976年2月26日 スペインが西サハラを放棄
         1976年2月29日 ポリサリオ解放戦線がサハラ・アラブ民主共和国の独立を宣言
          1976年4月14日 モロッコとモーリタニアが西サハラの分割ラインを決定
         1979年8月5日 モーリタニアが西サハラの領有を放棄
         1979年8月14日 モロッコが西サハラのほぼ全域を占領
         1991年4月。停戦




 モロッコは北アフリカ随一の親米国。しかし、東西冷戦が終わりアルジェリアも88年に民主化を発表すると、西サハラを取り巻く国際環境も一変した。 1988年にモロッコと解放戦線が国連の和平プランを受け入れ、1992年にようやく停戦が実現。西サハラが独立するかそれともモロッコに併合されるのかは、国連監視下で住民投票を行って決めることになった。 この住民投票がズルズル延期されている間、モロッコでは「砂の壁を建設して、西サハラの主要部分をゲリラの「解放区」と切り離して、モロッコ支配の既成事実作りを進めている。この砂の壁とは、砂漠に鉄条網を張り巡らし、都市がある沿岸部とゲリラが出没する内陸の砂漠との行き来を遮断するもので、イスラエルの協力で建設している。

      
 


54. 南スーダン共和国

  2011年7月9日、スーダン共和国 の南部10州が アフリカ大陸 54番目の国家として 分離独立 した 。  面積:約65万平方キロメール(日本の1.7倍)、人口:850万人、宗教:キリスト教が主流、首都はジュバ、アフリカ30ケ国の首脳および世界各国からの招待者2000名以上がが厳重な警備態勢の下、独立式典に参加、キール新大統領が就任宣言。

 スーダン北部のバシル政権はPKO部隊の即時撤退を要求、PKOは今後、南スーダンに展開、約8000人の部隊で独立維持および国家建設の支援に当たる。 スーダンは豊富な石油資源に恵まれ、油田の3/4は南スーダンにあるが、製油施設および輸出港までのパイプラインが北部地区にしかなく、北部から石油の供給を受けていた。 独立に伴い、石油の収益の南北のスーダンの割合について折合いがつかず、現在北部からの供給が制限され、石油不足に陥っている。
 
 従来からスーダンに対してアフリカでの最大の支援を行ってきた中国は、南スーダンの独立に際して、古い友も新しい友も同じように付き合うと宣言。南スーダンに対する中国製品の売り込みはさらに活発化し、中国料理店や中国製品の販売店が増大している。石油不足に対処して中国製の自家発電気が売れに売れている。 中国は今回の独立記念式典に湖錦涛国家主席の特使として閣僚級を派遣した。(日本からは菊池真紀子外務政務官が参加)。

 

                  



  日本政府、陸上自衛隊施設部隊をPKOに派遣する方針を決定。
  PKO と連動した政府開発援助(ODA)の活用を「車の両輪」に据え、国づくりに関与、中国と差別化を図る


即ち、医療、教育施設の建設に加え、行政、衛生、農業の分野で非政府組織(NGO)とも連携した人材育成、技術協力も進め、国家の基本的機能の構成を支援する。

 PKO先遣隊本部要員34名、首都ジュバに到着(2012年1月15日)。今後の計画は、1次隊計210名が3月までに現地入りし、4月頃から実際の道路整備にあたる。6月の2次隊330名との交代後に活動が本格化する。派遣期間は10月末までの予定でありが、期間の延長が想定されている。
 

           

                


 2012年1月、スーダン政府との石油に関する交渉停滞、南スーダンは原油生産を中止。
 2012年9月、スーダン、南スーダン両国政府は、二国間の未解決課題に関する9つの合意文書に署名。
 2013年4月、南スーダンは原油生産を開始。
 2013年12月、首都ジュバで大統領警護隊同士で衝突事件発生。
 2014年1月、エチオピアの首都アディスアベバにおいて,東アフリカの地域経済共同体である政府間開発機構(IGAD)の仲介により,政         府側及び反政府勢力の間の和平協議を開始。
 2015年8月、GADが、当事者等による調停の結果、キール大統領や、マーシャル前副大統領をはじめとする関係当事者が、無期限衝          突停止宣言や国民統一政府などを規定した「南スーダンにおける衝突の解決に関する合意文書」に署名等による調停の         結果、「南スーダにおける衝突の解決に関する合意文書に署名。
 2016年4月、国民統一暫定政府を設立。
 2016年7月、首都ジュバで一時情勢悪化。
 

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 アフリカ全般にわたる中国人の大々的な進出とその精力的な仕事振り、労働者の日常生活、行動に対して次のような事項が起こっている。

・ナイジェリア、エチオピアでの中国人の大量誘拐事件
・アルジェリア、アラブでの中国人キャンプへのテロ攻撃事件
・感染症の蔓延、環境被害の拡大
・杜撰な工事、中国人の建設したダムが通水時に決壊

 
                                              
中国の独特な理念に基づく経済支援で発展の戸を開いたアフリカ

 
中国経済の持続的進展とアフリカの発展はまさに相関関係にある

 

 従来、先進諸国にとっては、アフリカは飢餓、貧困、劣悪な生活kつ環境、疫病、隣国間の戦争、国内の異部族間の紛争、虐殺、難民、独裁者による弾圧や富の独占のはびこる不幸地であり、それを救済するため人道援助の観点から過去60年にわた日欧米の先進諸国から各種の支援が行われてきた。

 それに対して、ここ20年にわたりアフリカに対する中国の進出は目覚しいものがあり、中国にとって、アフリカは純粋な市場であり、資源確保と金儲けの手段なら人道主義や独裁者の圧制などは問わず、指導者間との互助利益(ウイン・ウイン)の関係で、軍事援助を含む膨大な資金を投入して大規模なインフラ整備を含め、ダムの建設、道路工事を含む各種の公共工事を請け負い、アフリカに大きな変化を与えている。即ち、中国の市場主義は60年にわたって行われてきた先進国の人道支援(緊急援助)、チャリテイ援助および援助国の施策に基づく二国間援助権よりも実際に格段に優れた成果を挙げている。 

 特に、中国から輸入する膨大な安価な雑貨類および各種生活用品目は貧困な住民の手にも入り、それが生活を活性化し、市民社会の組成および小売を含む商業活動が促進されている。 さらには、中国に輸出する石油および各種鉱物(ポーキサイト、クローム、ダイヤモンド、プラチナ、金、コバルト)に加えて、綿花、茶、コーヒ、ナッツ、カカオ、牛肉等の農産、畜産物の生産が促進されている。 中国の持続的発展で増加する中産階級層の需要のためにも、中国とアフリカの貿易は増大の一途をたどっている。

 アフリカに進出する多数の中国人は、地質調査、資源探査の科学者、発電所、橋梁、鉄道、道路建設の設計および技術者、現場監督、建設工事労務者、および都市での中国製日用雑貨や観光地での中国製の土産物の小売業を始める商人等で、中国の諺、
「木は移せば枯れるが、人は移住すれば栄える」のように、本土よりも高い賃金、収入にひかれ、家族への送金、貯蓄のため質素な生活環境の中で刻苦精励し、その旺盛な労働意欲は現地人に敬意と脅威を与えている。 また一旗揚げ組、あるいは一攫千金を目指して勇躍進出する者も多く、中国政府の全面的な支援を得て、年々その数は増大するばかりである。 これこそ進取の気概に富む華僑を先祖に持つ中国人の本質なのであろうか。


 2010年の推定で、アフリカに住む中国人の数は約く70万人で、ちなみに、レバノン人は25万人、フランス人は11万であった。

 近時、インド、ブラジル、韓国の企業のアフリカ進出が増大し、アフリカは新たな視点から大きな注目を浴びることになった。

 中国は台湾と友好関係を結んでいるスワジランド、ブルキナファソ、サントメ・プリンシペ、ガンビ、マラウイ、セナガル、チャドの諸国に対して、一つの中国の観点で台湾との友好関係を廃棄することを前提経済援助を与えることにより、すでにマラウイ、セナガル、チャドが台湾との長年の友好関係を断ち、中国に組した。

 
 数十年にわたり、主として人道支援およびチャリテイ援助の観点から多大の援助を続けてきた日本を含む欧米先進諸国は、今こそ、アフリカの現実を認識し、アフリカの真の発展のため、 アフリカ諸国の自助努力を引き出すことを基盤とし、援助および被援助国がともに互助発展できるように舵を切らねばならない。 


アフリカの真面目な指導者の一人の想いを次に掲げる。 

 「今、われわれの援助国や協力者から、あれほど資金を使ったのにどんな違いを生み出させたのかという疑問が投げかけられている。 あなた方は1970年から3000億ドルを超える援助資金がこの大陸に注がれたが、 しかし、何をその成果として見せることができるのかと。 そして援助国は当然、自分達が何か間違っていたのか、何という人たちを相手に間違いを手助けしてしまったかと自問自答している。 明らかに、誰かが何かをきちんとやってこなかったのだ。 さもなければ、あなた方にお見せできる何かが得られたはずだ」。

「援助国側もまた多くの間違いを犯してきた。 何度も彼らは自分たちこそがアフリカが必要としているものを知っていると思い込んできた。 彼らはいかなる説明責任も果たさず、単に間違った人たちを相手にしたため、資金が消え、その人たちのポケットに入れられてきた。 われわれはその誤りを正さねばならない」。 (
ルワンダのポール・カガメ大統領、2007年月9月の「タイム」誌のインタビュー)


国際的な中国人の評価

「際限なく利益を求める貪欲さ」、「増大する国際資本力は民主主義に対して脅威である」 (ドイッ社民党のフランツ・ミュンテリフリング党首)

「抑制なきネオリベラルな制度の害悪に反対」 (シュレーダ首相)
 このほか、「侵略的資本主義」、「イナゴの群れのようにドイツに来襲している顏のない外国人投資家」たちを非難


                                     
 アフリカに対して先進国が従来行ってきた場当たり的な援助の在り方について、今や根本的な見直しが求められる。 例えば、飢饉、旱魃等の自然災害や内戦による被災者および難民に対する緊急援助を除き、小麦や玉蜀黍の無償支給で食生活が変わり、それが雑穀の生産を主とする農業の競争力を奪い、農民は益々貧困化し、また善意に基づく古着の寄付も、その量が増大するとアフリカの零細な繊産業は壊滅的な打撃を受けるなど、援助の負の面が露わになっている。 かって、乳幼児に対する多量な粉ミルクが波止場に於ける適切な保管倉庫が無いため炎天下で変質し、破棄されるような、現地の保管、輸送能力を事前に十分に調査せずに援助物質を送り込むような事実があった。
医薬製品の場合は特に留意する必要がある。 ましてや、端末の受給者までの配布経路の途次で、横領、着服等の不正が起こり、さらには関係する政府機関当事者の利権にまつわるような事の無いよう厳正なフォロ-アップが必要であろう。




                  


「参考文献および参考資料」

 ・「ただ一人の地球」1972年、バーバラ・ウオードおよびルネ・デュポリ共著
 ・「黒人アフリカの悪しき出発」 1962年、ルネ・デュモン
 ・「地球の復活」1981年、レスター・ブラウン
 ・「カラハリ」(マーク&ディリア・オーエンズ)
 ・「バイクでアフリカを行く」竹井澄子
 ・「アフリカ」(ライフ人間世界史)
 ・「アフリカの白い呪術師」 1983年 ライアル・ワトソン
 ・「アフリカのいのち」2002年 (台地と人間の記憶/あるプール人の自叙伝)              アマドゥ・ハンパテ・バー

 ・「アフリカを食い荒ら中国」 セルジュー・ミッシェル他 
 ・「援助じゃアフリカは発展しない」 ダンビサ・モヨ(小浜祐久 訳)
 ・「ニューヨーク・タイムズ」紙
 ・「夢とロマンの ザンビア紀行」  (松下文治)
 ・「子どもたちのアフリカ」  (石弘之)
 ・「貧困の光景」 曽根綾子
 ・「アフリカの風に吹かれて」 途上国支援のなき笑いの日々   (藤沢伸子)

 .・「サンダルで歩いたアフリカ大陸  特派員ルポ  (高尾具成)
 ・「僕らはソマリアギャングと夢を語る」 (永井陽石)
 
 

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