鳥取県西部海友会の歴史

           創立10周年記念

           創立15周年記念
        
          創立20周年記念誌

         鳥取県西部海友会会報
            
創立25周年記念号


                記念事業「海軍のすべて展」

                               海軍機等60機および艦艇70隻余のプラモデル大展示会


                     日時:11月20日(土)、21日(日) 10:00~17   

                         


                       


              鳥取県西部海友会創立
25周年にあたって



鳥取県西部海友会 会長 門脇威雄

今日ここに大きな節目に当たる創立25周年を迎えるにあたり、歴代会長並びに会員の方々の言葉に尽くし難く、また、計り知れない御尽力、御奉仕による多大なご功績に対し、会員総員衷心より感謝するところであります。
創立25周年、言い換えれば、これは四半世紀の長期にわたる深くて重い伝統と歴史の積み重ねであり、正に、老練熟達した海友会といえる反面、人生に例えれば、やっと25歳、愈々燃え上がろうとする青年期でもあると言えるのではないでしょうか。
鳥取県西部海友会の今後は、社会情勢の変化に柔軟に対応しつつ、より一層高い目標を揚げ、存在意義ある組織たるべく邁進しなければならないと考えます。
ところで、霊峰伯者富士「大山」も略平年どおり初冠雪し、里にも愈々冬の気配が肌に触れる今日この頃であります。それにしましても、今年の台風は東から西へ動く等の異常な動き、また、記録的な本邦への接近上陸、それに伴う甚大な被害、更にまた、先日の新潟中越大地震等は地球温暖化による地球環境破壊の進行過程の一端
でしょうか。
このことは、自己欲望を限りなく追究する人類、奢れる人類への「天誅」であります。また、今日の乱れきった日本、これは失われた「日本の心」の顕われであり、「喪失した日本の心の蘇生」は、今日の我が国日本に課せられた喫緊の課題であり、躊躇は許されません。このことを正すことのできる、数少ない団体の一つが、我が「海友会」であります。
我々海友会の会員は、数十年の長きに亘って国の防衛、我が国の平和と安全のために身命を賭して奉仕した人達の集まりであります。今「世直し」をしないと日本は滅亡する。多くの国民の意識改革をしなければ、日本が滅亡します。わが海友会には「世直し」の責務があると考えるのであります。こうした中で、現実、海友会の現状には厳しいものがあります。しかし、その厳しい現状を乗り越えて、組織として、或いは、会員個々の日常活動の中で、一歩一歩海友会の使命を果たさなければなりません。こうした小さな努力の積み重ねの一端が認められ、去る10月30日に海上自衛隊舞鶴地方総監部に於いて開催されました、舞鶴総監部創立記念行事に於いて、舞鶴地方総監加藤海将から海友会の功績を称えた感謝状を授与され、これを現地舞鶴に於いて受賞いたしましたところであります。今後は「世直し」を鳥取県西部海友会の大きな使命の一つに揚げ、会員の強力な団結の下に、先ず、地域のために奉仕し、延いては、国のため、世界のために奉仕する鳥取県西部海友会として邁進しようではありませんか。

     


団体感謝状


平成16年10月30日

 

舞鶴地方総監から今回の団体感謝状の授与ほか、いままで個人感謝状を戴いた会員は次の通りである。
1.1983年 初代会長 横原徳一 3.1987年 初代事務局長 松下薫
2.1985年 相談役  坂本定雄 4.1994年 第4代会長   足穂稔

「海軍のすべて展」
石油、天然ゴム、錫および屑鉄などの国家戦略に不可欠な資源、材料の供給を絶たれた中で、代用資材を用い、あるいは松根油を混ぜたオクタン価の低い燃料を用いて高出力のエンジンを開発し、あるいは戦争末期の猛烈な空襲下で、疎開した農村の養蚕小屋の中でジェット戦闘機やロケット機の設計、製造を行い試験飛行まで実施するなど、設計者およびエンジニアの血の出る思いで努力した成果がわが国の輝かしい航空産業の基盤を確立したという事実、そしてまた造船技術の粋、集大成ともいえる船艦「大和」を完成させた誇るべきノウハウが戦後わが国を世界一の造船王国に導く基盤を造成したことなどを青少年に伝承すべくこの展示会を開催するものであります。また、わが国の性能第一主義の基本設計理念と欧米の人命防護を前提とした設計指針との相違、さらには陸・海軍がそれぞれ縦割り社会の中で、相互に協調することなく、予算、資材および技術者を取り合いながら別々に類似の機種を設計、製造し、国家総合戦力の発揮に失敗したという事実を改めて想起するためでもあります。

鳥取西部海友会入会の思い出

          幹事長 河場 憲治
時は昭和60年9月11日、砕氷艦「しらせ」が境港に入港し外港1号岸壁に接岸係留していた。
この岸壁で初めて見る艦尾に軍艦旗を掲揚した自衛艦の雄姿に、かつての帝国海軍を思い
浮かべながら感激の一瞬であった。その時岸壁に西部海友会特設売店のテントがあるのを
発見した。このテントには海友会会員数名が、胸に海友会のワッペンを着用して、清涼飲料
等の販売を行っておられた。
ここで初めて西部海友会の存在を知り早速その場で入会を申込んだ次第である。
この時の先輩会員の入会歓迎対応には今でも強く印象に残っています。
小生の入会は海友会として、今日まで誇りに思いつづけています。



創立25周年の雑感     

            事務局長 井上 茂寿
人にはいろいろな生き甲斐があり、さまざまな出会いがあります。60年前の終戦、外地
からの後員、戦後の混沌とした時代を経て、就職、そして定年退職まで、いろいろな人と
の出会いがありました。その中で西部海友会に入会させて頂き、会員諸兄との出会いも何
かの縁であり、一つの生き甲斐であると感謝しています。
創立25周年に当たり、先輩諸兄の計画性と行動力を顧みて、頭の下がる思いが致します。
アルバムをひもときながら、江田島の旧海軍兵学校の見学や、長崎・佐世保の研修旅行、
毎年の行事であった海上自衛艦の入港に対する歓迎アットホーム、境港台場公園での慰霊
祭など、特に記憶に残る行事を顧みながら、西部海友会の運営維持に当たられた先輩諸
兄の25年間のご苦労に対し深甚なり敬意と感謝を捧げます。
しかしながら、今日会員の老齢化と時代の変遷には抗し難く、会員の減少には歯止
めがかからない現状です。これも時代の流れでしょうか。今は亡き会員の顔や、退会
された顔を思い浮かべながら、懐かしさと、寂しさが交錯します。創立25周年に当たり、
何か現状打破と起死回生の手段は無いものかと、己が不甲斐なさを恥じいる今日此の
頃です。


東郷大将を偲んで    

         理 事 杉原 俊夫
     
有史以来始めて有色人種が白人種に戦争で勝った日露戦争から百年を記念して、戦争終結
を決定づけた日本海海戦時の日本艦隊の旗艦三笠を去る七月十五日見学することができた。
主砲の並ぶ上部甲板にアレキサンドリヤ司令長官率いる四十八隻のバルチック艦隊を撃
破すべく東郷大将以下加藤参謀長(後に首相)等、幕僚を従えての集合に胸をおどらせら
れ感慨一汐なものがありました。
次はJR名和駅南側の日本海眺望良好の地。大正、昭和天皇(何れも皇太子時代)行啓さ
れこの地に御座所をとの声に随行の東郷大将二度のおめでたいことであると重光亭と名付
けられ揮毒されました。是非一度お出かけ下さい。特に春の桜が咲く時が一番素敵です



青嵐-水上攻撃機について


       第4代会長 足 穂  稔
1)使用目的
伊400型潜水艦(3機)及び伊14型潜水艦(2機)に搭載して(パナマ)運河の(ガツ
ン)湖の水を間門爆破により無くして使用不能として艦船を南米を迂回せしめ、戦況
を有利に導くようにする。
2)青嵐の要目
名古屋愛知航空機で28機制作
水冷エンジン1300馬力
最大速力295節、航続力739浬、フロートなしで航空魚雷Ⅹ1又は800キロ爆弾Ⅹ1搭載
可能、折畳式、カタパルトにて発進、搭乗員 2名
3)出  撃
戦況の変化と燃料油不足のため(ウルシ)攻撃にした。
第一潜水隊-一司令(有泉龍之助大佐)
伊400、伊401潜水艦と伊13、伊14潜水艦
舞鶴にて(神龍)特別攻撃隊を変成して伊400、伊401潜水艦が津軽海峡経由で出撃し
た。攻撃日を昭和20年8月17日としていた。8月15日終戦の情報を知り、艦内では攻
撃を直前にして悲憤慷慨の声、生残った安堵感、虚脱感、不安感が交差して士官室で
の会議で議論の末、海軍総体の命令に従い帰国することに決定した。途中米潜水艦に
遭遇、同艦の監視のもと横須賀に入港した。司令は入港前日に拳銃自殺をした。遺体
は軍艦旗に包み水葬に付した。
伊401潜水艦
艦 長 阿部 伸清 63期
航海長 阪東 宗雄 70期 先任将校
通信長 片山 伍一 〃
飛行長 浅村 敦 〃
(海軍兵学校第70期会会誌の要約であります。)
青嵐-は米国スミソニヤン航空宇宙博物館に展示してあります。


海軍在籍 5年9ヶ月
4等水兵から上等整備兵曹へ
私の軍歴      


     副会長 山崎 光夫
昭15.1.10 佐世保海兵団 入団
         海軍四等水兵を命す
昭15.5.5 海軍三等水兵を命す
 同  日  軍艦霧島乗組を命す 測的分隊へ配置し測的所伝令を命す
昭16.2.6 横須賀海軍航空隊入隊第63期普通科整備術練習生を命す
昭16.5.1 海軍二等水兵を命す
昭16.8.1 課程卒業普通科整備術章授与
 同  日  海軍二等整備兵を命す (転科)
昭16.8.1佐世保海軍航空隊附を命す 水上飛行艇整備班へ配置しエンジン整備員を命す
昭16.9.17 特設水上機母艦山陽丸乗組を命す
         零式水上観測機飛行機員に配置しカタパルト操作補助員へ配置す
昭16.11.1 山陽丸、神川丸、第12航空戦隊を編成
昭16.11.22 南遣艦隊所属となり佐世保軍港出港 中国海南島三亜港に廻航
昭16.12.8 大東亜戦争開戦 マレー部隊とし陸軍マレー部隊輸送船直衛
昭16.12.23 マレー作戦終結 台湾高雄へ帰港
昭16.12.27 比島部隊へ編入比島ビガンへ進出
昭17.1.15 ボルネオ島タラカン占領作戦参加
昭17.1.29 ボルネオ パリクパパンへ進出
昭17.2.7 蘭印ジャバ部隊に編入仏印カムラン湾へ回航陸軍今村兵団輸送船團
        同航、上空直衛
昭17.3.18 マレー部隊へ編入シンガポールへ回航印度洋カーニコバル作戦参加
昭17.4.1 蘭印東部諸島作戦部隊に編入バリ島ロンボツク島占領
昭17.5.1 海軍一等整備兵を命す
昭17.6.10 佐世保軍港帰着
昭17.6.15 佐世保海軍病院入院 海兵団附
昭17.11.1 海軍整備兵長 職階改正
昭18.4.1 出水海軍航空隊附を命す
        93式中間練習機飛行機員配置
昭18.5.1 任海軍二等整備兵曹
        93中練列戦機班長
昭19.1.13 相模野海軍航空隊入隊第61期高等科飛行機(大型機専修)整備練習生を命す
昭19.5.1  任海軍一等整備兵曹
昭19.6.1  課程卒業高等科整備術章授与
 同日     相模野海軍航空隊附 教員を命す
昭19.2.1  海軍佐野部隊臨時勤務予科練習生教員となる
昭20.5.1  任海軍上等整備兵曹
昭20.6.1  海軍整備科第一期特別幹部練習生教員
昭20.9.1  8月15日敗戦
        現役満期 復員


海友会最年長会員 松本正光(96歳)の記録





創立25周年記念行事
実行委員長
会報およびホームページ
編集長


                松下  薫



15周年、20周年に続き今回もまた周年行事の実行委員長を拝命し、高齢化が進み、活動部員が激減する現状において、お金をかけずに有意義な「記念行事」をどのように企画するかが最も難題でありました。
過去二回の周年行事にはお台場の慰霊塔に対する「焼香台」および訓練中の事故で沈没した「艦艇の航路をたどった石版」を奉納するなど慰霊碑の周辺整備に主眼をおいてまいりました。
去る10月30日、海上自衛隊舞鶴地方総監部の創立50周年記念式典の晴の場で海友会は団体感謝状を戴きましたが、慰霊塔の整備と恒例の参拝行事に対して多くの賛辞がこめられていました。高い評価を戴いておりますことに心からの喜びを感じました。
今回の記念行事は私事で恐縮ですが、長年にわたって組立てて参りました各種海軍機等のプラモデル60機余と連合艦隊の主用艦種およびタイプを全て網羅した70隻のモデル艦および各種資料を総合展示する「海軍のすべて展」を20日と21日に境港駅前通り、「鬼太郎ロード」沿いの「しおさい会館」で開催しました。期日が土・日のため多数の観光客がつめかけ、またこの催しが境港市報に掲載されましたため目的対象の子供さんを始め多くの市民の方々が見てくださり、初期の目的を達することができました。
この展示会が意味するところは、戦時下の資材や燃料が欠乏する困難な状況の中でエンジニアや技術者がいかに努力して素晴しい航空機や艦艇の設計、製造に取り組んできたか、そしてそれらの累積したノウハウが戦後の日本経済の発展にいかに寄与してきたかを次世代に継承し、今後日本が国際社会の中で生き残る唯一の道は技術立国にあることを訴えたいためでありました。
次に、恒例の記念品につきましては、今回は「平和の鐘」にさせて戴きました。鐘そのものは寺社関係の物品を取り扱う問屋に在庫している印肉台付きのありふれた品目ですが、これに海軍のシンボルの錨を刻み、対面に「国家安康」の文字を刻印しました。これは豊臣秀頼が秀吉の遺志を継いで京都の方広寺に隣接して建立した大仏殿に奉納した鐘に記載した漢詩の祈念文の中の「君臣豊楽、国家安康」からの引用であります。

                                 記念品
                 


これはピープル・ハッピネスおよびネーション・セーフティという極めて穏当な祈念文字であり、特に「国家安康」は国防の基盤となる国内そのものの安全と秩序の確立を意味するものであり、防衛協力団体である私ども海友会が等しく祈念するところでもあります。
 
 最後に本日のレセプションをフルート演奏のアトラクションで盛り上げて下さる島大音楽部の才媛のお嬢様方に厚く御礼申しあげます。







                     記念式典

アトラクション「大山、美保湾そしてフルート」
    
本日は物故されました創立会員の奥様方のお顔も見られ、本当に嬉しく存じます。どうぞ今後ともお健やかにお過ごしくださり、5年後の30周年記念行事でもお眼にかかれることを念願いたしまして、実行委員長の経過報告を終らせていただきます。


                
                    25周年記念行事「海軍のすべて展」      


                                    創立30周年記念

          

     


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